ビレーの薄暗い酒場には、いつもよりも騒がしい風が吹き込んでいた。ラーンがイシェに肩を叩き、大げさに笑いをこぼす。テーブルの上には、テルヘルが持ち帰ってきたというヴォルダンの古い硬貨が並んでいた。
「まさかこんなものが見つかるなんてな。これでしばらくは酒と肉だ!」
イシェは眉間にしわを寄せながら硬貨を指で撫でた。「こんな硬貨を手に入れるために危険な遺跡に潜るなんて、本当に価値があるのだろうか?」
ラーンは笑い飛ばす。「イシェ、お前はいつも心配性だな。いつか大穴を見つけてやるから、その時は後悔するぞ!」
テルヘルは静かに酒を一口飲み干した。「大穴か…」彼女の瞳には、遠い過去を映すかのような影が宿っていた。「あの日、ヴォルダン軍が我々の故郷を焼き尽くした時、私は父から聞いた言葉があった。
『真の宝は、地上に眠るものではない』と…。
イシェはテルヘルの言葉を不吉な予感とともに受け止めた。ラーンの軽率な態度とは対照的に、彼女は本能的に危険を感じていた。ビレーの酒場の喧騒の中に、どこか不気味な静けさが漂っていたのだ。まるで、この街全体が巨大な棺の中にいるかのようだった。
その夜、イシェは悪夢を見た。荒廃した世界、空に浮かぶ巨大な影、そして、無数の目が光る闇の中を彷徨う人々…。
目を覚ました彼女は、心臓が激しく動いていたことに気づいた。窓の外には、まだ薄暗い夜明けが差し込んでいた。ラーンは熟睡しており、テルヘルは既に姿を消していた。イシェは不安な気持ちを抱きながら、静かにベッドから降り立った。
街の広場では、人々が慌ただしく動き回っていた。何やら騒ぎが起こったらしい。イシェは通りを歩いていくと、広場の中央で何かが燃えているのが見えた。炎は高く燃え上がり、空に黒い煙を上げていた。
「これは…!」
イシェは息をのんだ。炎の中に、巨大な影が浮かび上がってきたのだ。それは、かつてヴォルダンが故郷を焼き尽くした時のように、人々を恐怖に陥れる暗黒の力だった。そして、その影はゆっくりと、ビレーに向かって進んできた…。