湿った土の匂いと朽ちた木の香りが鼻腔をくすぐる。ラーンが懐中電灯の光を ahead に向けると、壁一面に広がる古代文字が浮かび上がった。
「また読めないな」
イシェは眉間に皺を寄せながら言った。
「ああ、こんなのいつも通りだ。なんでこんな複雑な文字を刻まなきゃいけなかったんだ…」
ラーンは不機嫌そうに剣を地面に突き立てた。彼の背中にはかすかに、汗ばんだ布地の匂いが漂っていた。イシェは小さくため息をつき、自分のリュックから小さな瓶を取り出した。中からは甘い香りのする液体が出てきた。
「これ、新しいやつだ。学者からもらったんだけど、古代文字の解読に役立つらしい」
イシェが瓶を開けると、部屋全体に甘いハーブの香りが広がった。ラーンは顔をしかめたが、イシェは瓶を壁の文字に向けて慎重に吹きかけた。すると、文字の一部がわずかに輝き始めた。
「すごい…」
ラーンの目を見開いた。イシェも驚きと興奮で胸がいっぱいになった。
その時、背後から低い声が響いた。
「なかなか良い香りだな」
テルヘルが鋭い視線で彼らを睨んでいた。彼女の黒いローブからは、鉄の匂いと、どこか懐かしい香辛料の香りが漂っていた。
「何か発見したんですか？」
テルヘルの視線が文字に注がれると、その輝きは消えてしまった。イシェは肩を落とした。
「まだ解読できていない…」
「そうか」
テルヘルは少しだけ眉をひそめた。そして、ラーンの目の前で瓶を奪い取った。
「いい香りは無駄にならない。次に役立つ時もあるだろう」
彼女の言葉は冷たかった。イシェはテルヘルの後ろ姿を見つめながら、複雑な感情を抱きつつも、どこか安心するような香りを感じた。それは、彼女がどんなに冷酷であっても、この遺跡探検を共にしているという事実の証だった。