ラーンの鼻声は、ビレーの朝霧に溶け込んでいくように薄かった。「またか」イシェが眉間にしわを寄せると、ラーンは苦笑した。「な、気にすんな。遺跡探しの日には風邪など関係ないだろう?」
テルヘルは静かに彼らを注視していた。彼女の鋭い目は、二人の様子を一瞬たりとも逃さなかった。「準備は整ったか?」彼女の低い声に、ラーンとイシェは同時に頷いた。
今日の目標は、ビレー郊外に眠るという古代の塔だった。噂では、塔の中にはかつての王の墓があり、そこには莫大な宝が眠っていると伝えられていた。ラーンはこの噂を信じて疑わず、興奮気味に剣を手に取った。イシェはいつものように冷静さを保ちつつも、少しだけ期待を感じていた。
「よし、行こう」テルヘルが先導し、三人は塔へと向かった。道中、ラーンの鼻声はさらに悪化した。時折、咳き込む姿を見せながらも、彼は強がるように笑いを浮かべていた。イシェは心配そうに彼を見つめていた。
塔の入り口には、朽ちた石碑が立っていた。そこには、古びた文字で何かが書かれていた。「ここは王の眠る場所であり、不敬な者には罰が下る」テルヘルがゆっくりと読み上げた。
ラーンの顔色は青白かった。彼は寒気を感じていたのか、それとも恐怖なのか、イシェには分からなかった。だが、彼が震える手は、彼の決意を物語っていた。「行くぞ!」ラーンが叫び、塔へと踏み込んだ。
内部は薄暗く、湿った空気が漂っていた。足元には、苔むした石畳が広がっている。ラーンの咳き込みが、静寂の中で不気味に響いていた。イシェは彼の様子を心配しながらも、テルヘルの指示に従って慎重に進んでいった。
塔の中心部には、巨大な祭壇が置かれていた。その上に、王の棺が安置されていた。棺の表面には、複雑な模様が刻まれていて、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。
ラーンは興奮し、棺に手を伸ばそうとした瞬間、床が突然崩れ落ちた。彼は驚きのあまりバランスを失い、深い闇へと落ちていった。イシェとテルヘルは慌てて駆け寄ったが、ラーンの姿はどこにもなかった。「ラーン!」イシェの声が塔内にこだました。
「心配するな」テルヘルは冷静に言った。「あの穴には、彼を救出するための道があるはずだ」彼女は鋭い目で周囲を警戒しながら、イシェの手を引っ張って、穴へと降りていった。
暗い穴の底には、ラーンがうずくまっていた。彼は顔面蒼白で、呼吸も荒かった。咳き込みながら、何かを訴えようとしたが、言葉にならない声だけが漏れた。「大丈夫か?」イシェは駆け寄ると、ラーンの額に手を当てた。彼の体は熱く、まるで火の粉のように熱い。
「風邪かな」イシェは小さく呟いた。しかし、この塔には何か邪悪な力を感じていた。ただの風邪では済まないような気がした。