ビレーの朝はいつもと同じように鐘の音で始まり、ラーンの鼻腔をくすぐるような焼きたてパンの匂いと混ざり合う。だが今日は何かが違う。イシェが珍しく機嫌が悪いのだ。
「何だその顔？」
ラーンは寝癖を直しながら、イシェに尋ねた。彼女はいつもより早く準備を終えて、テーブルに広げた地図をじっと見つめている。
「テルヘルが来たぞ」
イシェはそう言うと、小さくため息をついた。
ラーンの心にも少しだけ影が差した。テルヘルは確かに強くて頼りになる存在だが、彼女が持ち込む仕事はいつも危険なものばかりだった。そして今回は特に、何やらヴォルダンとの関係について、何か秘密を抱えているようにも思えた。
「今日は大穴だぞ！お前も夢に見た大穴に近づくチャンスだ！」
ラーンの言葉にイシェは苦笑した。彼女はラーンの無邪気な楽観性にいつも振り回される。だが、彼のその明るさにはどこか安心感があった。
テルヘルがやってきた時、ビレーの街はすでに活気に満ちていた。市場の喧騒、鍛冶屋の金属音、子供たちの笑い声。全てがまるで一つの大きな旋律を奏でているようだった。しかし、テルヘルはそれを一切無視するように、三人の前に立ちはだかった。彼女の目は鋭く、まるで氷のように冷たい光を放っていた。
「今日の仕事は特殊だ。ヴォルダンとの戦いに繋がる重要な情報を得るためだ」
彼女の言葉にラーンとイシェは目を合わせた。二人は互いに何かを感じ取ったようだ。今回はいつもの遺跡探索とは違う。
地図を広げ、テルヘルは詳細を説明し始めた。目標とする遺跡はかつてヴォルダンが支配していた地帯にあるという。そこには、ヴォルダンの秘密兵器の鍵となる「音律」と呼ばれる石があると噂されていた。
「音律」は、ある特定の音を奏でることで、強力なエネルギーを発生させる力を持つと言われる。テルヘルはそれを利用してヴォルダンへの復讐を果たそうとしているのだ。
「危険だぞ」
イシェが言った時、ラーンは彼女の視線から逃れられなかった。彼はいつも通り、無邪気な笑顔を浮かべていたが、彼の瞳にはどこか不安の色が宿っていた。
「大丈夫だ。俺たちならなんとかなる。お前もそう思うだろう？」
ラーンの言葉にイシェは小さく頷いた。彼らはビレーの街を出発し、ヴォルダンとの戦いに巻き込まれる運命へと向かっていった。