ビレーの朝は静かで、まだ影が長く伸びていた。ラーンがいつものようにイシェを起こそうとすると、彼女は珍しく布団から出ようとしなかった。「今日は休もうよ」。イシェの声はかすれていて、いつも通りの元気さを感じさせなかった。ラーンの顔色が曇る。「どうしたんだ？何かあったのか？」イシェはゆっくりとベッドから起き上がり、窓の外を見つめた。「昨日、あの遺跡で聞いた話…」。彼女は言葉を濁すように続けた。「ヴォルダンの兵が、境の国に侵入したって…」
ラーンは眉間に皺を寄せた。ヴォルダンとの国境紛争は以前から続いていたものの、ビレーまで兵が来るのは初めてのことだった。「そんなはずないだろう。ビレーには何もない」ラーンはそう言い聞かせたかったが、イシェの顔色は青白く、彼女の目は不安でいっぱいだった。静かなビレーの朝に、戦いの影が忍び寄ってきたようだった。
「今日は休もう」イシェの言葉は小さく、しかし揺るぎない決意を感じさせた。ラーンは頷いた。今日は遺跡を探検するのではなく、静かにビレーの街を歩くことにした。いつも賑やかな市場も、今日はどこか陰気に包まれていた。人々の表情にも緊張が走っていて、普段見かける笑顔はほとんどなかった。
ラーンの心には不安が広がっていく。イシェの言葉に嘘はなかった。ヴォルダンとの戦いがビレーまで及んでくるかもしれない。静かな朝陽がゆっくりと空を染めていく中で、ラーンは自分の無力さを痛感した。彼らには遺跡探検以外にできることが何もない。しかし、イシェの冷静な判断とテルヘルの策略が必要だ。
「何か出来ることはないか…」ラーンの心の中で、小さな炎が燃え始めた。静かな朝陽の下で、ビレーの人々は戦いの影に怯えていたが、ラーンは仲間と共に立ち向かう決意を固めていく。