ビレーの朝の霧がまだ薄暗い遺跡の入り口に立ち、ラーンは深呼吸をした。いつも通りの冷たい空気だったが、今日は何かが違う気がした。イシェはいつものように地図を広げ、テルヘルは鋭い目で周囲を警戒していた。
「よし、今回はあの崩れた通路から入ろう」
ラーンの言葉に、イシェは眉間にしわを寄せた。「あの通路は以前調査した時、天井が不安定だったぞ。落石の危険がある」
「大丈夫だ、大丈夫！俺が行くから！」
ラーンは自信満々に笑ったが、その目は少しだけ震えていた。静けさは彼を包み込み、いつも以上に緊張感があった。テルヘルはラーンの背後から、低い声で言った。
「慎重に。何か変だと思うな」
三人は崩れかけた石の階段をゆっくりと登り始めた。足音だけが響く静寂の中で、イシェはわずかに耳を動かした。どこからともなく聞こえるかすかなざわめきのようなものを感じたのだ。ラーンが階段の上段に足を踏み入れた瞬間、床が崩れ落ちた。
「うわぁ！」
ラーンの叫び声はすぐに石の粉塵に飲み込まれた。イシェは咄嗟にラーンを掴もうとしたが間に合わず、テルヘルは素早く剣を抜いて周囲を見渡した。しかし、そこには何もいなかった。ただ、崩れ落ちた床から立ち上る埃と、不気味な静けさだけが広がっていた。
イシェは恐怖を抑えながら、崩れた階段の下へと降りていった。視界を遮る埃がゆっくりと沈んでいくにつれて、ラーンの姿が見えた。彼は幸いにも大きな怪我はなかったようで、ホッとした息を吐いた。しかし、彼の表情はどこか不気味に歪んでいた。
「イシェ…」
ラーンの声はかすれ、まるで別の誰かのものだった。「ここ…ここは違う…」
イシェはラーンの様子を見て、背筋が凍りついた。静けさの中に潜む何かが、彼らに忍び寄っているような気がした。