ビレーの朝はいつも薄霧に霞んでいた。ラーンが目を覚ますと、イシェがすでに準備をしていた。「今日はテルヘルが指定した遺跡だ。あの辺りは靄が深く、視界が悪いらしいぞ」。イシェの眉間にしわを寄せた様子は、いつもより険しかった。
「大丈夫だ、俺が先導するから」ラーンは豪快に笑って剣を手に取った。だが、イシェの顔色は良くなかった。テルヘルは前日に奇妙な物言いをしていたのだ。「あの遺跡には何かある。強力な力を持つ遺物が眠っているはずだ。そして、それを手に入れるためには犠牲が必要になるかもしれない」。
靄の中に入ると、世界は白一色になった。視界が制限される中、イシェの不安は増していく。ラーンの足取りも重い。いつもなら軽快な彼の動きが鈍い。遺跡の入り口には巨大な石門があった。そこに刻まれた紋章は、見慣れないものだった。
「これは…見たことのない記号だ」イシェが呟くと、テルヘルは静かに頷いた。「ヴォルダンが封印した遺跡の一つだ。強力な魔物が眠っている可能性が高い」。ラーンは不気味に感じた。いつもとは違う空気に包まれているように感じられた。
石門を開けると、内部は深い霧に覆われていた。視界はゼロに近い。イシェは緊張を隠せない。「何かいる…」。その時、ラーンの剣が音を立てた。目の前に巨大な影が現れた。それは靄の中からゆっくりと姿を現す、奇妙な生物だった。
「魔物だ!」ラーンは叫びながら剣を振り下ろした。しかし、剣は空を切り裂くだけで、魔物の体には届かなかった。「この靄…何かを阻んでいるようだ」。イシェの声が震えていた。
テルヘルは冷静に状況を見極めていた。彼女は小さな瓶から液体を出し、地面に撒き始めた。「これを使えば、一時的に靄を晴らすことができるはずだ」。すると、霧が少しずつ薄くなり始め、魔物の姿がはっきり見えてきた。それは巨大な蛇のような姿で、目が赤く光っていた。
「ラーン、今だ!」テルヘルの指示で、ラーンは再び剣を振るい上げた。しかし、魔物は素早く動き、ラーンの攻撃をかわす。イシェは弓矢を構えたが、靄がまだ完全に晴れていないため、狙いを定めることが難しい。「この靄…」。イシェは言葉を失った。
その時、ラーンの剣が魔物の体に深く突き刺さった。魔物は悲鳴を上げ、ゆっくりと倒れ込んだ。靄も消え始め、遺跡内部が明らかになった。だが、そこにはもう誰もいなかった。テルヘルの姿は消えていた。
「テルヘル…」イシェは茫然と立ち尽くした。ラーンの顔には、初めて見るような恐怖の色が浮かんでいた。「一体何が起こったんだ…」。二人は靄の中に消えたテルヘルの影を、追いかけるようにして遺跡から出て行った。