ビレーの朝はいつも霧に包まれていた。ラーンが目を覚ますと、薄暗い部屋の外からイシェの声が聞こえた。「今日もいい天気だな、ラーン。今日はあの遺跡へ行くんだろ？」
「ああ、そうだな。テルヘルが言うには、あの遺跡には珍しい鉱石があるらしいぞ」ラーンはベッドから起き上がり、腰に剣を締めた。「大穴が見つかるかもしれないって話だぞ、イシェ！お前もワクワクしてないのか？」
イシェは小さくため息をつきながら、朝食の準備をしていた。「そんな楽観的な話ばかりするなよ。あの遺跡は危険だって聞いたぞ。霧が立ち込めるような場所らしいし」
「霧？そんなもん怖くないよ。俺たちにはテルヘルがいるじゃないか！」ラーンは豪快に笑った。
テルヘルは、いつも黒いマントを身にまとっていた。その目は鋭く、常に何かを見透かしているようだった。彼女はテーブルに地図を広げ、「今日はこのルートで進もう。霧が濃い場所では注意が必要だ」と冷静に指示した。ラーンの軽率な発言には何も言わず、ただ静かに地図を指さすだけだった。
ビレーから遺跡までは、険しい山道を歩く必要があった。霧は日に日に濃くなり、視界はどんどん悪くなっていった。ラーンはイシェの後ろを歩きながら、霧の中を進む不気味さに少し不安を感じ始めた。
「イシェ、本当に大丈夫なのか？なんか不気味だな…」
「心配するな、ラーン。テルヘルが一緒なら大丈夫だ」イシェはそう言ったが、彼女の顔にも緊張の色が見えた。
遺跡の入り口には巨大な石門があった。霧が門に巻きつき、まるで生き物のように蠢いていた。門をくぐると、そこはさらに深い霧の世界だった。足元が見えず、どこまでも続く白い霧の中を進んでいく。
「ここが遺跡か…」イシェは呟いた。
彼らは霧の中に慎重に足を踏み入れた。静寂な空間の中、時折かすかに聞こえる足音だけが響いていた。
テルヘルは先頭を歩き、剣を握り締めていた。「注意しろ、何かいるかもしれない」と警告した。
ラーンは緊張感でいっぱいになった。イシェも彼の後ろから少し離れて歩いていた。
すると突然、霧の中から何かが飛び出して来た。それは巨大な影だった。ラーンの目の前を通り過ぎていくその影は、まるで霧の中に潜む巨大な獣のようだった。
「何だあれ！？」ラーンは驚いて叫んだ。
イシェも驚いて剣を抜いた。「気をつけろ！何か襲ってくるかもしれない！」
テルヘルは冷静に状況を判断し、「後ずさりするな！あの影はただの幻影だ。霧が作り出すものだ」と冷静に言った。
ラーンの心臓は激しく跳ねている。イシェも緊張した表情で剣を構えていた。しかし、テルヘルの言葉に少し安心した様子だった。
「でも…」イシェはためらいながら言った。「あの影は…まるで何かを伝えようとしているようにも見えた…」
その瞬間、霧の中から不気味な声が響き渡った。それは、まるで人の囁き声のようだったが、言葉の内容は理解できなかった。ラーンは背筋がぞっとした。
「何だあの声…？！」ラーンの恐怖は増すばかりだった。
イシェも表情を硬くして、テルヘルの方を見た。「何か分かるのか？」
しかし、テルヘルはただ霧の中に視線を向け、何も言わなかった。彼女の顔には、今まで見たことのないような不安の色が浮かんでいた。