「おい、イシェ、今日は何か変だな」。ラーンが眉間にしわを寄せながら、凍えた息を吐き出した。ビレーの朝はいつも冷え込むものだが、今日ほど刺すような寒さは珍しい。イシェは薄手のローブを身にまとっていたためか、肩をすくめながら言った。「そうかもね。でも、遺跡に潜るにはちょうどいい気温じゃない?ほら、テルヘルさん、準備は?」
テルヘルはいつものように鋭い視線で周囲を警戒しながら、「準備は整った」とだけ答えた。彼女の手には、ヴォルダンから奪還したという奇妙な金属製の鍵が握られていた。その鍵の表面には、まるで霜柱のように複雑な模様が刻まれており、ラーンはいつもぞっとするような気持ちになった。
遺跡の入り口は、凍てつく風で覆われていた。石造りの階段を下りるにつれて、周囲の気温がさらに下がるのが肌で感じられた。イシェは小さな声で「今日は何か悪い予感がする」と呟いた。ラーンの心にも不安が広がっていく。
遺跡内部は薄暗く、湿った空気で充満していた。彼らの足音だけが響き渡り、不気味な静けさが支配していた。テルヘルが鍵を差し込み、石の扉を開けると、そこには広大な地下空間が広がっていた。天井からは鋭い氷柱が突き刺さり、まるで巨大な霜柱の迷宮のようだった。
「これは…」。ラーンの言葉は途絶えた。イシェも言葉を失い、ただテルヘルの方を見つめていた。彼女の表情はいつもの冷静さを保ちながらも、どこか異様な光を放っていた。
「ここに何かがあるはずだ」とテルヘルは言った。「ヴォルダンが何としても手に入れようとしたもの…それは、この遺跡の奥深くに眠っている」。そして彼女は、凍てつく空気を切り裂くように、氷柱の間を進み始めた。ラーンとイシェは互いの顔を見合わせた後、テルヘルの後をゆっくりと追った。彼らの足音だけが、静寂に響き渡る。