ビレーの酒場「三つの星」はいつも賑やかだった。ラーンがイシェに声をかけたのも、この騒々しい場所だった。
「イシェ、次の仕事だ！テルヘルから依頼が入ったぞ」
ラーンの声は、酒場の喧騒を掻き消すほど力強かった。イシェはため息をついた。ラーンの無計画さに慣れていたとはいえ、この街で最も危険な男の一人と手を組むことに不安を感じるのは当然だった。
「何の依頼だ？」
イシェが尋ねると、ラーンはニヤリと笑った。
「遺跡だ！しかも今回は大物らしいぞ。テルヘルは、あのヴォルダンとの国境付近にある遺跡を調査したいらしいんだ」
イシェは眉間にしわを寄せた。ヴォルダンとの国境付近の遺跡は、危険度が高いことで有名だった。以前、そこへ調査に入った探検隊が全滅したという噂もあった。
「ラーン、あの遺跡は危険すぎるぞ。ヴォルダンに近づくことは避けろと言ったはずだ」
イシェの言葉にラーンは肩をすくめた。
「大丈夫だ。テルヘルが案内してくれるんだ。それに、報酬がいいんだぞ！あの遺跡には、とんでもない宝物が眠っているらしいぞ」
ラーンの目は金貨に輝いていた。イシェはため息をついた。ラーンの夢は、いつまでも「大穴」を掘り当てることだった。だが、イシェは現実的な判断が必要だと考えていた。
「いいよ。わかった。でも、もし何かあったら、すぐに引き返すと約束しろ」
イシェはそう言った後、テルヘルに会いに酒場を後にした。テルヘルの部屋は、ビレーの郊外にある小さな家に設けられていた。彼女は、まるで貴族のような気品と威厳を持っており、ラーンとは対照的な存在だった。
「準備はいいか？」
テルヘルが冷たく尋ねると、イシェは頷いた。
「はい。では、遺跡について教えてください」
テルヘルは地図を広げ、ヴォルダンとの国境付近にある遺跡の場所を示した。
「ここはかつてヴォルダンとエンノル連合が争った場所だ。今は廃墟だが、貴重な遺物が眠っている可能性がある」
イシェは地図を見つめた。そこには、かつて栄えた文明の痕跡が残されていた。しかし、同時に危険も潜んでいた。
「なぜ、ヴォルダンとの国境付近で調査したいのですか？」
イシェが尋ねると、テルヘルは少しだけ表情を緩めた。
「私はヴォルダンに全てを奪われたのだ。復讐をするため、彼らの秘密を暴き出す必要がある」
テルヘルの目は、復讐への執念に燃えていた。イシェは彼女の言葉から、かつての栄光と挫折を感じ取ることができた。
「では、準備を始めてください。明日、朝早くに出発です」
テルヘルはそう言い残し、部屋を出ていった。イシェは地図を見つめ続け、胸に不安が募った。この遺跡調査は、彼らにとって大きな転換点になることを予感していた。