ビレーの酒場はいつもより騒がしかった。ラーンの耳には、執政官選挙に関する議論と、ヴォルダンとの国境線問題についての噂話が入り混じり、ごちゃごちゃと聞こえてくる。イシェは静かに酒を一口飲み、ラーンを見つめた。「また何かあったのか?」
「ああ、そうだな」ラーンは苦笑した。「テルヘルがまた妙な依頼をしてきたんだ」
イシェは眉をひそめた。「またか。一体今度はどこに連れて行かれるんだ?」
「あの遺跡だ、ヴォルダンとの国境に近いあの場所」ラーンの顔色が少し曇る。「彼女は何か知ってるらしい。遺物について...そして、ヴォルダンについて」
イシェは沈黙した。テルヘルがヴォルダンに強い憎悪を抱いていることは知っていた。過去の出来事のせいで、彼女は全てを奪われたのだという。だが、その「何か」が何なのか、イシェには分からなかった。
「今回は報酬が良いらしいぞ。危険な場所だけど、大穴が見つかるかもしれないチャンスだとも言ってるんだ」ラーンは力強く言った。「お前も一緒に行くか?」
イシェは深く息を吸い、視線を窓の外に向けた。夕焼けに染まる山々を見つめながら、彼女は自分の心に問いかけた。「一体、私たちは誰のために戦っているのか?」
かつてビレーの住民たちがヴォルダンから奪われたもの。それは土地だけではない。それは、人々の希望、未来への夢さえも奪われたのだ。イシェは自分の胸に秘めた「遺恨」を思い出した。そして、ラーンの言葉が耳に響いた。「大穴を見つける」
もしかしたら、あの遺跡には、ヴォルダンと戦うための何かがあるのかもしれない。イシェは静かに頷き、ラーンに言った。「行くよ、ラーン。一緒に行く」