「よし、今回はあの崩れた塔だ。噂では奥深くにある部屋に、未開の魔石が眠っているらしい」
ラーンの興奮した声は、薄暗いビレーの酒場で響き渡った。イシェは眉をひそめた。「またそんな話を信じるのか? ラーン。あの塔は危険だぞ。以前から調査隊が行方不明になっているという話がある」
「大丈夫だ。俺が先頭を切って安全を確認するから。それに、テルヘルさんがいるじゃないか」
ラーンは自信満々に笑った。テルヘルは鋭い目つきで酒を一口飲んだ後、「情報源は確かなようだ。魔石の噂は本当らしい。ただし、その塔には強力なトラップが仕掛けられている可能性もある。注意が必要だ」
イシェはテルヘルの言葉に少し安心した。彼女は冷静さと計画性があり、ラーンの無茶な行動を牽制してくれる存在だった。しかし、それでも不安は消えなかった。あの塔には何か不吉なものを感じたのだ。
彼らは翌日、早朝からビレーを出発した。塔に向かって続く道は険しく、荒れ果てた風景が広がっていた。かつて栄えた街の跡地には、今は朽ち果てた石造りの建物と雑草が生い茂るのみだった。
イシェは、かつてこの地に暮らした人々のことを思った。戦争や災害で滅びたのか、それとも何か別の理由があったのか。彼女は想像力を掻き立てられるような風景に心を痛めた。
塔の入り口に着くと、ラーンは興奮気味に剣を構えた。「よし、行くぞ!」
イシェはため息をつきながら、ラーンの後を追った。塔内部は薄暗く、湿った空気が漂っていた。崩れかけた石畳を踏みしめながら、彼らは慎重に奥へと進んだ。
階段を上り詰めた先には、広々とした部屋が広がっていた。中央には、光る魔石が置かれていた。しかし、その周囲には複雑な仕掛けが施されたトラップが見られた。
「これは…」
イシェは驚きの声を上げた。魔石の輝きは、不気味に部屋を照らしていた。そして、その光の中に、イシェは何かを見出したような気がした。
それは、かつてこの塔に住んでいた人々の姿だった。悲しげな表情で、どこか寂しそうに見つめているように感じたのだ。
「イシェ、どうした?」
ラーンが声をかけた。イシェはハッとして、自分の視線を戻した。
「いや、何もない」
彼女は無理に平静を装った。しかし、心の中では、何か大切なものを失ってしまったような寂しさを感じていた。
彼らは魔石を手に入れようと試みた。しかし、トラップの仕掛けは複雑で、なかなか突破できなかった。ラーンは何度も失敗し、イシェは必死に彼を助けようとした。
その時、テルヘルが突然叫んだ。
「後ろだ!」
振り返ると、巨大な影が彼らを襲いかかってきた。それは、塔の番人であった。強力な魔物で、鋭い爪と牙を持つ恐ろしい存在だった。
ラーンは剣を振りかざし、勇敢に立ち向かった。しかし、その力は敵わず、すぐに吹き飛ばされてしまった。イシェは恐怖を感じながらも、必死に抵抗しようと試みた。
その時、テルヘルがその魔物に一撃を放った。それは、彼女が秘めていた強力な魔法だった。魔物は苦しみながら倒れ、消滅した。
「よかった…」
イシェは安堵のため息をついた。しかし、同時に、何か大切なものを失ってしまったような気がした。それは、かつてこの塔に住んでいた人々への哀悼の念だったのかもしれない。
彼らは魔石を手に入れ、塔から脱出した。しかし、イシェの心には、あの塔の悲しげな風景と、失われた人々の影が焼き付いていた。