ラーンが剣を振り下ろす音が、遺跡の静寂にこだました。崩れかけた石柱が砕け散り、埃が立ち上る中、イシェは眉をひそめた。「また無駄な力技か。あの通路にはまだ罠が残っているかもしれないぞ」。ラーンの豪快さはいつもイシェを不安にさせた。
「大丈夫だ、イシェ！俺の勘は間違いない！」ラーンは自信満々に笑ったが、彼の瞳は少しだけ曇っていた。彼らはテルヘルの指示で、ヴォルダンとの国境に近い遺跡を探検していた。テルヘルは「歴史的な価値のある遺物」だと説明したが、イシェには単なる金貨欲しさに思えた。
しかし、今回の依頼は様子が違った。遺跡内部は異様な静けさで包まれており、どこからともなく不気味な風が吹いていた。ラーンが石畳を踏み鳴らす音すら、不自然なまでに響き渡る。イシェは背筋がぞっとした。
「何か変だ…」イシェが呟くと、その時だった。壁の奥深くから、鈍い音が聞こえた。それはゆっくりと近づいてくる足音だった。ラーンとイシェは顔を見合わせた。互いに言葉はなくとも、何かが迫っていることを察知していた。
「逃げろ！」テルヘルが叫んだ。彼女の瞳には今まで見たことのない恐怖の色が宿っていた。「あれはヴォルダンの兵士だ！ここに来るべきではなかった！」 ラーンは一瞬躊躇したが、イシェはすでに走り始めていた。狭い通路を駆け抜け、崩れかけた石像の間をすり抜ける。後ろから聞こえる兵士たちの足音に、イシェの心臓は激しく鼓動した。
出口が目の前に見える。しかし、そこには巨大な岩が転がり、道を塞いでいた。イシェは絶望する気持ちでいっぱいになった。その時、ラーンが岩に向かって飛びかかり、剣を振り下ろした。岩にひびが入る音が響き渡り、ラーンの咆哮と共に崩れ落ちた。
三人は出口から飛び出した。振り返ると、遺跡の入り口にはヴォルダンの兵士たちが集まっているのが見えた。イシェは息を切らしながら、後ろを振り向くと、ラーンとテルヘルが必死に逃げる姿が見えた。
「走れ！」テルヘルが叫び、三人は深い森の中に逃げ込んだ。
日が暮れる頃、彼らはようやく追っ手をかわすことができた。疲弊した体を引きずりながら、イシェは振り返った。遺跡の煙が立ち上る中、ヴォルダン兵士の姿が見えた。逃げることはできたものの、彼らの目的は達成できなかった。そして、イシェは自分がこの遺跡に足を踏み入れたことを深く後悔した。