ラーンが石畳の上で足をすべらせそうになった時、イシェは素早く手を伸ばして彼を引き上げた。
「また調子に乗ってるな」
イシェの声はいつもより少しきつかった。ラーンの顔には苦笑いが広がった。
「いや、今回は本当に滑りそうだったんだ」
イシェは目を細めて遺跡の入り口を見据えた。「ここは以前にも来たことがあるはずだ。警戒を怠るな」
ラーンは首をかしげた。「大丈夫だ、イシェ。あの時みたいに落とし穴があるわけじゃないだろう?」
「油断大敵だよ。特にここ最近、ヴォルダンの兵士が遺跡に忍び寄っているという噂を聞いたぞ」
「そんな噂、どこで聞いたんだ?」
ラーンの言葉は軽い口調だったが、イシェの表情は真剣だった。
「テルヘルからだ。彼女は何かを知っているようだ」
イシェの視線はテルヘルの背中に向けられた。テルヘルは遺跡の入り口に立ち、背の高い影を落としていた。彼女の黒いマントが風に揺れ、その端には銀色の刺繍が輝いていた。
ラーンはテルヘルをちらりと見た後、再び遺跡の入り口を見つめた。
「よし、わかった。気をつけよう」
ラーンの言葉は軽い口調だったが、彼の瞳に映る影は、以前にはなかった警戒心を物語っていた。