ビレーの酒場にはいつもより活気がなかった。ラーンがいつものように大杯を傾けようとすると、イシェが彼の手を掴んだ。「今日は様子を見ようぜ」。ラーンの顔色が曇るのをイシェは見た。
「あいつが来てるぞ」とイシェがささやくと、ラーンの視線はカウンターの向こうに向き、そこに座るテルヘルに釘付けになった。黒く深い瞳はいつも以上に鋭く、その周りには緊張感が漂っていた。
テルヘルは静かに酒を一口飲み干し、「準備はいいか？」と低い声で言った。「次の遺跡は大きい。だが、危険も伴う。覚悟しろ」
ラーンは軽くうなずいたが、イシェの眉間にしわを寄せた。「何があったのか、テルヘル」と尋ねると、彼女は少しだけ口を開いた。
「ヴォルダンからの動きがあるようだ。彼らはあの遺跡を狙っている。我々よりも先に手に入れようとしている」
ラーンの顔色が一変した。「そんな…」。イシェはラーンの言葉を遮り、「なぜ？」と問いかけた。「なぜヴォルダンが、あの遺跡を欲しいのか？」
テルヘルはゆっくりと答えた。「そこには、ヴォルダンにとって重要な情報が眠っている。それを手に入れることで、彼らはさらに力を増すだろう」
イシェの心は氷のように冷たくなった。それは単なる遺跡探索ではない。巨大な陰謀に巻き込まれようとしている気がした。
「そして、我々は？」とラーンが問いかけた。「ヴォルダンに先んじるために、あの遺跡へ行くのか？」
テルヘルは頷いた。「だが、今回は違う。我々は単に遺物を探すのではない。ヴォルダンの計画を阻止するのだ」
イシェはラーンの顔を見た。彼の目は燃えるような闘志で輝いていた。だが、イシェの心は不安でいっぱいだった。
「あの遺跡には危険が潜んでいる。そして、ヴォルダンは我々よりも強力だ。本当に大丈夫なのか？」
テルヘルは静かに言った。「大丈夫だ。我々は計画を立てて行動する。そして、必ず勝利する」。しかし、その言葉にイシェの耳には、どこか自信のない響きがした。
ラーンは立ち上がり、「準備をしよう」と宣言した。だが、イシェは彼の後ろ姿を見つめながら、不安な気持ちを抑えきれないでいた。彼らは本当にヴォルダンを阻止できるのか？そして、この戦いの果てに待つものは何なのか？イシェの心には暗い影が落とされた。