ビレーの薄暗い酒場で、ラーンが粗悪な酒を喉に流し込んだ。イシェは眉間に皺を寄せながら帳簿の数字を確かめていた。
「また赤字か…」
イシェの声は疲れていた。ラーンの無計画な遺跡探索はいつも空振りに終わり、借金は増えるばかりだった。
「あいつが言うには、今回は違うってんだ」
ラーンは酒をぐいっと飲み干した。テルヘルからの依頼内容を思い出すと、少しだけ彼の顔に期待の色が戻った。今回はヴォルダンに近い遺跡で、危険なほど貴重な遺物があるというのだ。報酬も格段に高かった。
「でも、あの遺跡は危険だって聞いたことがあるよ…」
イシェは不安げに言った。ヴォルダンとの国境付近では、かつて大規模な戦いが行われた場所があり、その跡には今も呪いのようなものが残ると噂されていた。
「大丈夫だ、イシェ。俺が守るから」
ラーンは自信たっぷりにそう言ったが、彼の目はどこか空虚に見えた。
テルヘルに雇われてからというもの、ラーンの様子は以前とは違った。以前のように明るい笑顔を見せることはなく、遺跡探索にも無気力だった。まるで何かを諦めたかのような、影が彼を包んでいた。
「あの日以来…」
イシェはラーンの言葉を思い出した。かつて、テルヘルがヴォルダンに全てを奪われた事件について語った時、ラーンは深い悲しみと怒りに満ちた表情で言ったのだ。「俺にも大切なものを奪われたことがある…」と。
イシェはラーンの過去を知らない。しかし、彼が抱える痛みと諦観を感じることができた。
「さあ、行くぞイシェ！」
ラーンは立ち上がり、剣を手に取った。彼の顔には、かつての輝きはなく、ただ冷たい決意だけが刻まれていた。
イシェはため息をつきながら立ち上がった。彼らにとって遺跡探索は、単なる金儲けではなくなっていた。それは、自分たちの未来を賭けた戦いの場だった。そして、その戦いは、すでに始まっていたのだ。