ラーンが石畳の上で足をすべらせそうになった時、イシェは素早く彼の手首をつかんだ。
「また気を抜いてるんですか?」
イシェの低い声が響く。ラーンの顔には苦笑が浮かぶ。
「大丈夫だよ、イシェ。そんな些細なことで転ぶわけないだろ」
彼はそう言って、イシェの手を払いのけた。だが、その瞬間、背後から冷たい声が聞こえた。
「転んで怪我でもしたら困りますよ」
ラーンとイシェは振り返ると、テルヘルがにやりと笑っていた。彼女の手には、細長い金属棒が握られていた。
「準備はいいですか?」
テルヘルの視線は遺跡の入り口に向けられていた。ラーンの心は高鳴り始めた。いつもより緊張感が違う。
「あの遺跡は危険だと言われているんだろ?」
イシェは不安げに言った。
「大丈夫だよ、イシェ。僕たちにテルヘルがいるんだから」
ラーンの言葉には自信が込められていたが、イシェは彼の顔色を見ても安心できなかった。テルヘルは何かを隠しているように思えた。
遺跡内部は薄暗く、湿った空気が漂っていた。石の壁には奇妙な模様が刻まれており、不気味な雰囲気を醸し出していた。ラーンは剣を握りしめ、イシェは細長いナイフを構えていた。テルヘルは先頭を歩み、鋭い目で周囲を観察していた。
突然、床から黒い煙が噴き出した。ラーンの足元を滑るように流れ出た煙は、彼らを包み込んだ。
「何だこれは!」
ラーンが叫んだ。イシェも coughing しながら、視界を確保しようと目をこすった。煙が晴れると、彼らの前に巨大な影が立っていた。それは、石の巨像だった。巨像の目は赤く光り、鋭い牙を剥いていた。
「これは…!」
イシェは言葉を失った。ラーンは剣を構え、巨像に立ち向かった。
「行くぞ、イシェ!」
ラーンの叫びが、遺跡の中に響き渡った。しかし、イシェは動かなかった。彼女は自分の心の中で、ある規範を思い出していた。それは、命の重さを知っている者の責任だった。 そして、その責任を果たすために、彼女は一歩後退った。