ビレーの酒場「錆びた剣」はいつも以上に活気がなかった。ラーンがいつものようにイシェを引っ張って入ると、マスターのゲルトが顔をしかめて言った。「今日は祝祭だぞ？お祭り騒ぎの日は店がガラ空きになるんだ。お前らも祝う気か？」
「ああ、そうだね」ラーンは笑顔を見せたが、イシェは眉間に皺を寄せたままだった。「祝祭だって、あの辺境の村ではいつもと変わらないだろうよ」
ゲルトはため息をついた。「この国は衰えていく一方だ。大国のヴォルダンに押され、内紛も絶えない。俺たちの住むエンノル連合はいつまで持ちこたえられるのか…」
ラーンは意気揚々と席につこうとしたが、イシェは彼の手を掴んで引き止めた。「ラーン、今日はいい加減にしておこう。テルヘルが待ってるんだろ？」
テルヘルとの約束の時間だ。彼女は最近、ヴォルダンに関する情報を探し始めていた。彼女の復讐心は日に日に強くなっていくようで、ラーンとイシェの目の前でさえも冷酷な表情を浮かべるようになった。
「おい、イシェ、俺たちだって祝祭を楽しみたいんだぞ！」ラーンは少し不服そうに言ったが、イシェの視線に負け、やむなく席についた。酒を飲みながら、ゲルトの話に耳を傾けた。彼はかつてエンノル連合が統一された頃の栄光を語った。「あの頃は違うな…。国は強く、人々も希望に満ち溢れていた」
ラーンは空っぽのグラスを眺めた。イシェは彼の肩に手を置いた。「大丈夫だよ、ラーン。いつかきっと、俺たちは…」
彼女の言葉は途絶えた。外から激しい雨が降り始めた。ゲルトが窓の外を見つめると、顔色が変わった。「あれは…雷雲だ！この地域では珍しいぞ…」
その時、ビレーの街を覆うように轟音が響き渡った。それはただの雷鳴ではなかった。遠くから聞こえる戦いの音だった。