ビレーの朝はいつも薄霧に包まれていた。ラーンが目を覚ますと、イシェは既に準備を済ませていた。今日も遺跡へ向かう日だ。
「今日はあの崩れかけた塔だな。テルヘルは結構な報酬を提示してきたぞ」
ラーンの言葉にイシェは眉をひそめた。「あの塔は危険だって聞いたことがある。表層の崩落が頻繁に起こっているらしい」
「大丈夫、俺がいるだろ? それにテルヘルが言うには、その塔には何か珍しい遺物があるらしいんだ」
ラーンはいつものように豪語した。イシェはため息をつきながら、荷物をまとめ始めた。
テルヘルはビレーの酒場で彼らを待っていた。彼女の鋭い視線はいつも通りラーンの上を走り、イシェを見据えるかのように冷たかった。
「準備はいいか?」
テルヘルは低い声で言った。ラーンはニヤリと笑って剣を構えた。イシェは深く息を吸い込み、不安を抑えた。
塔へ向かう道は険しく、崩れ落ちた石畳が足元を脅かす。表層は薄く、地中からの湿気が常に彼らの足首を冷やした。ラーンは軽快に進んでいくが、イシェは慎重に足を運びながら周囲を確認した。
塔は朽ち果てていて、内部は暗闇に包まれていた。テルヘルが持つランタンの光だけが、壁に描かれた奇妙な記号を浮かび上がらせた。
「ここには何かがある」
テルヘルは呟き、崩れかけた階段を上り始めた。ラーンとイシェは互いに顔を見合わせてから、彼女の後を追いかけた。
階段の上では広々とした部屋が広がっていた。中央には巨大な石棺があり、その周りには無数の骨が散らばっていた。
「これは…」
イシェの言葉を遮るように、突然、床が崩れ始めた。ラーンは咄嗟にイシェを引っ張り上げたが、テルヘルはバランスを失い、石棺へ転落した。
「テルヘル!」
ラーンの叫びが塔内にこだました。彼はイシェの手を離し、崩れた床を慎重に降りていった。
しかし、石棺の周りには何もなかった。テルヘルの姿はどこにも見当たらない。
「テルヘルはどこだ!」
イシェの声が震えていた。ラーンは茫然と周囲を見回した。
床から立ち上がったテルヘルは、石棺の上で静かに立っていた。彼女の顔は影に隠れて見えなかったが、その声はいつも以上に冷たかった。
「私はもう、あなたたちには用はない」
そして、彼女は塔の奥へと消えていった。ラーンとイシェは、彼女を見送るように崩れゆく塔の入り口を背にした。