「準備はいいか？」ラーンの豪快な声にイシェは小さく頷いた。テルヘルが示した地図には、ビレーから北へ延びる山脈の奥深く、かつてヴォルダン軍が占拠していた遺跡の場所が記されていた。
「あの遺跡は危険だと言われているぞ」イシェは不安げに言った。「特に地下深くの遺構は…」
「大丈夫だ。俺たちがいるじゃないか」ラーンは胸を叩き、自信ありげに笑った。彼の背中には、いつも通りの重厚な剣が収まっている。だが、イシェは彼の言葉に少しだけ安心できない自分がいた。
テルヘルは地図を広げながら、「今回は特に慎重に進もう。ヴォルダン軍の残党がまだ潜んでいる可能性がある」と冷静に言った。「遺跡内部では俺たちの指示に従うことだ。いいな？」
イシェは頷いたが、テルヘルの目はどこか遠くを見つめているようだった。彼女は一体何を求めているのか？イシェには彼女の過去、そしてヴォルダンへの復讐という強い執念以外何も分からなかった。
山道を登り、遺跡の入り口にたどり着くと、そこは深い霧に包まれていた。空気が重く、不吉な静けさが広がっていた。「何か変だ…」ラーンの表情が曇る。
イシェは背筋が寒くなった。「あの霧…まるで…」言葉にならない感覚が彼女を襲った。それはかつて、ビレーの近くの遺跡で遭遇した「虚空」に似た感覚だった。あの時、仲間を失い、恐怖で心を閉ざす思いをした記憶が蘇ってきた。
テルヘルは冷静さを装いながら、「気にしすぎだ。さあ、入ろう」と立ち上がった。だが、イシェは彼女の言葉に不安を覚えた。テルヘルの目的は遺跡の遺物だけではないような気がしたのだ。
遺跡内部へ足を踏み入れると、不気味な光が壁から漏れていた。それはまるで、何かの意思を持っているかのように脈打っているように見えた。ラーンの剣が震え始めた。イシェは恐怖で心臓を締め付けられる思いだった。