ラーンの重い呼吸が響く。埃っぽい遺跡の奥深く、彼らは巨大な石棺の前に立っていた。イシェは眉間に皺を寄せながら、棺の表面に刻まれた複雑な紋様を調べていた。
「これって…見たことあるような気がするんだけど…」
「どうでもいいだろ、イシェ。早く開けてくれよ！」ラーンが不耐気に言った。興奮が高まると、いつもよりさらに荒々しくなる彼の様子は、イシェを少し不安にさせた。
テルヘルは石棺の横で、何やら呪文を唱え始めた。彼女の目は鋭く光り、表情には冷酷な決意が浮かんでいた。彼女はヴォルダンへの復讐を果たすために、この遺跡の秘密を解き明かす必要があった。
「準備はいいぞ！」テルヘルの声にラーンは剣を抜いた。イシェも小さく頷き、小さな宝石を握りしめた。それは、緊急時に彼女を守るための護符だった。彼女は幼い頃から虚弱な体で、冒険にはあまり向いていないことを自覚していた。
棺の蓋がゆっくりと開く。そこから漂ってくるのは腐敗した臭いと、不気味な寒気だった。イシェは背筋をゾッとする感覚に襲われた。
「何かいる…！」ラーンの声が震えた。
棺の中から、黒い影がゆっくりと這い出てきた。それは人型の姿をしていたが、皮膚は朽ち果て、骨はむき出しになっていた。空虚な眼窩から赤い光が燃え上がり、不気味な呻き声を上げて襲いかかってきた。
ラーンは剣を振り下ろす。イシェは宝石の力で防御魔法を展開する。しかし、その影は強力で、二人の攻撃をものともしなかった。
テルヘルは冷静に状況を判断し、古代の書物から覚えた呪文を唱え始めた。それは、邪悪な存在を封じるための強力な呪文だった。しかし、その代償として、彼女の体力を著しく消耗させるものであった。
「逃げろ！」テルヘルが叫んだ。だが、ラーンはすでに影に捕らえられていた。彼は虚弱なイシェを守るために、自ら犠牲になろうとしていた。
イシェは絶望した。自分には何もできない。ただ、ラーンのために、何かできることはないか…
その時、彼女は宝石が放つ光が、影にわずかに影響を与えていることに気がついた。それは、宝石の持つ浄化の力だった。
「待て！」イシェが叫びながら、宝石を手に握りしめ、影に向かって走っていった。