「おい、イシェ、見てみろ!」ラーンの興奮した声がビレーの薄暗い洞窟にこだました。イシェはラーンが指さす方向を見つめた。そこには、石畳の上で鈍く光る金属片が散らばっていた。
「これは…!」イシェは息を呑んだ。明らかに人工物であり、その精巧さに驚くべきものがあった。「古代文明のものかもしれない…」
「やったぜ!これで大穴に近づいたぞ!」ラーンは拳を握りしめた。イシェは彼の興奮に少しだけ心を痛めた。ラーンの夢は、この遺跡から莫大な財宝を見つけることだった。だが、イシェにはそんな夢など持てなかった。彼はただ、自分の家族を養い、ビレーの貧しい暮らしから抜け出したいだけだった。
「よし、テルヘルに報告だ。」ラーンがそう言うと、イシェはうなずいた。テルヘルは彼らを雇った謎の女性で、ヴォルダンとの復讐を果たすために遺跡を探していた。彼女は冷酷で計算高い女性だったが、イシェにはどこか同情の念を抱いていた。
テルヘルは金属片を手に取り、鋭い目で観察した。「これは…ヴォルダン王家の紋章だ。」彼女の表情は暗くなった。「この遺跡は、ヴォルダンの過去に深く関わっているようだ。」
ラーンは興奮気味に言った。「ということは、ここでとんでもない財宝が見つかるかもしれないぞ!」
だが、イシェは不安を感じていた。テルヘルの言葉には、何か別の意味が隠されている気がした。そして、この遺跡が彼らをどこへ導くのか、恐ろしい予感がした。
数日後、彼らはさらに奥深くへと進んだ。壁一面に古代の文字が刻まれた巨大な部屋にたどり着いた時、イシェは言葉を失った。そこに置かれていたのは、巨大な水晶の球体だった。その内部には、まるで生きているかのように光が脈打っていた。
「これは…」テルヘルが呟いた。「伝説の『涙石』だ。」
彼女はゆっくりと水晶球に近づき、手を伸ばした。イシェは彼女を止めようとしたが、言葉が出なかった。水晶球に触れた瞬間、テルヘルの顔から涙が溢れ落ちた。それは喜びの涙ではなく、深い悲しみの涙だった。
「ヴォルダン…」テルヘルは涙を流しながら呟いた。「お前は…なぜ…」
イシェは彼女の言葉の意味を理解できなかった。だが、その涙を見た時、彼は初めてテルヘルの復讐の真の意味を知った。それは単なる憎悪ではなく、深い悲しみと絶望が渦巻くものだった。そして、その復讐を果たすために、彼女はどんな手段に出るのか。イシェは恐怖を感じながらも、ラーンの無邪気な笑顔を思い浮かべた。彼らを巻き込むべきではなかったのか。
イシェは深く息を吸い、決意を固めた。彼はテルヘルを止めなければならない。そして、ラーンを守らなければならない。たとえそれが、彼自身の人生を棒に振ることになっても…。