ビレーの酒場に響き渡る笑い声は、ラーンの耳にはいつもより小さく感じられた。イシェが彼の手を強く握りしめるのがわかった。視線はテルヘルに向けられていた。彼女の瞳は影に覆われ、いつもの鋭い光が欠けていた。
「あの遺跡は…危険だと言っていた」
イシェの声はかすれていた。ラーンの胸にも冷たさが広がっていくのを感じた。テルヘルはいつも冷静沈着だった。そうした彼女が言葉を濁すことはなかった。
「ヴォルダンとの国境付近だ。何か情報を得られたのか?」
ラーンは無理に明るく言った。だが、彼の声はかすれてしまった。イシェも彼と同じように、テルヘルの様子を伺っている。
「…あの遺跡には、私が探しているものがある」
テルヘルがゆっくりと口を開いた。彼女の言葉は重く、空気を圧縮するように響いた。ラーンの心は沈んでいくのを感じた。いつもなら興奮して飛びつくような話だったはずなのに、今は恐怖だけが支配していた。
イシェはラーンの手を離し、テルヘルの顔を見上げた。「それは…?」
「私の過去を奪った者たちに関するものだ」
テルヘルの目は燃えるように赤く光り始めた。その炎は、憎悪と復讐の炎だった。ラーンは彼女の視線に耐えきれず、目をそらした。イシェも同様に小さく息を呑んだ。
「あの遺跡には、危険が潜んでいる。私自身も…かつてそこに足を踏み入れたことがある」
テルヘルの声は震えていた。彼女は過去に何かを体験し、深く傷ついたのだ。ラーンは彼女の姿を見て、初めて自分の無謀さに気がついた。
イシェはラーンの腕をつかみ、小さく頷いた。ラーンの胸にも、小さく熱いものが燃え始めた。それは恐怖ではなく、仲間を守る決意だった。
「わかった…行くぞ」