ビレーの朝は、いつもよりも空気が澄んでいて、遠くの山々までくっきりと見えた。ラーンがいつものようにイシェを起こすと、彼女は珍しく寝ぼけ顔でベッドから起き上がった。「何かいいことでもあったのかい?」とラーンの冗談に、イシェは小さく苦笑した。
「今日は気分がいいんだ」とラーンは力強く言った。「きっと今日は大穴が見つかるぞ!」イシェはいつものように眉をひそめたが、ラーンの熱気に少しだけ心を揺さぶられた。
ビレーの市場でテルヘルに会った時、彼女はいつも以上に冷静な表情をしていた。
「今日は特別だ」とテルヘルは言った。「芳醇な香りのする遺跡の情報を入手した。危険だが、その価値は計り知れないだろう」ラーンの顔には興奮の色が戻ってきたが、イシェは何か不安を感じた。テルヘルの言葉に隠された意味深さがあったのだ。
遺跡の入り口は、いつもより深い影で覆われていた。空気が重く、芳醇な花のような香りが漂ってくる。ラーンとイシェは互いに顔を見合わせた。普段ならラーンの無計画さにイシェが呆れる場面だが、今回は言葉がなくとも、二人は同じ不安を共有していた。
テルヘルは先頭を歩き、深い洞窟へと入っていった。壁には奇妙な模様が刻まれており、時折、不気味な音が響いてきた。進むにつれて、芳醇な香りは濃くなり、まるで甘い罠のように二人の意識をくらくらさせた。
ラーンはいつものように軽快に進んでいくが、イシェは足取りが重かった。彼女はテルヘルの目的が遺跡の財宝ではないと感じていた。何か別のもの、何か恐ろしいものがこの芳醇な香りに隠されているのではないかと。