「準備はいいか？」
テルヘルが鋭い視線でラーンとイシェを見据えた。薄暗い洞窟の入り口には、朝日に照らされたビレーの町が見渡せる。
「ああ、準備は万端だ！」
ラーンはいつものように豪快に笑った。イシェは小さく頷き、背負った道具の重量を確認した。テルヘルは彼らの様子を冷静に見つめながら、地図を広げた。
「今日の目標は、この遺跡の中心部にあるとされる『星影の祭壇』だ。そこには、ヴォルダンが欲しがる強力な魔導具があると噂されている」
ラーンの表情が曇る。「またあの大国か…」
イシェはラーンを制止するように軽く肘をついた。「今回はテルヘルさんの依頼だから。落ち着いて行動しよう。」
テルヘルは地図を畳んでポケットにしまい、三人に言った。「遺跡内には危険な罠が仕掛けられている可能性がある。特に注意深く行動しなければならない。そして…」
彼女は少し間を置き、重々しい口調で続けた。「もし、何かあったら、決して諦めないでくれ。」
イシェはテルヘルの言葉の意味を理解した。彼女がヴォルダンへの復讐心から、どんな犠牲も厭わないことを。
遺跡の入り口に立って、ラーンは深呼吸をした。いつものように冒険心を掻き立てるような感覚ではなく、何か冷たいものが彼の胸を締め付けるのを感じた。
洞窟内へと足を踏み入れた瞬間、不気味な静寂が彼らを包んだ。壁には奇妙な模様が刻まれ、空気を重くするような邪悪なエネルギーが漂っていた。
「ここは…」
イシェは言葉を失った。ラーンも同様に言葉を飲み込んだ。この遺跡は、今まで探索してきたどの場所とも違った、何かを秘めたような雰囲気に満ちていた。
彼らは慎重に進んでいくが、やがて、道が二つに分かれた。
「どちらへ？」
ラーンの問いかけに、テルヘルは地図を確認した。「右の道が祭壇への最短ルートだ。しかし、危険度が高い可能性もある…」
イシェはためらった。「安全な道を選んだ方が…」
「時間がない！」
テルヘルの言葉は冷酷だった。「私は、ヴォルダンを倒すためにこの魔導具が必要だ。」
ラーンはイシェの肩に手を置いた。「わかった。テルヘルの言う通りにしよう。」
二人は頷き、テルヘルと共に右の道を進んでいった。
道は険しく、落とし穴や罠が仕掛けられていた。ラーンの力強い剣とイシェの機転が、彼らを何度も危機から救った。しかし、進むにつれて、彼らの心には不安な影が忍び寄っていた。
そしてついに、彼らは祭壇にたどり着いた。中央には、輝く青い石が設置されていた。
「これが…」
イシェは息を呑んだ。「星影の祭壇だ」
テルヘルは石に向かって歩み寄り、手を伸ばした瞬間、地面が激しく揺れた。天井から岩が崩れ落ち、ラーンとイシェは身をかわすのがやっとだった。
「これは…！」
イシェは恐怖を感じた。遺跡全体が崩壊寸前であることを悟った。
「逃げろ！」
ラーンの叫び声と共に、三人は出口へと駆け出した。しかし、出口は崩れ落ちており、戻れない。
絶望感に襲われた瞬間、テルヘルは石を掴んだ。
「ヴォルダンを倒すために…」
彼女は目を輝かせ、石に向かって手を伸ばした。その瞬間、青い光が遺跡全体を包み込んだ。
ラーンとイシェは、テルヘルの姿が見えなくなるほど光に包まれた。そして、洞窟は轟音と共に崩れ落ちた。
ビレーの町では、遠くで崩落の音が響き渡った。
住民たちは目を丸くし、その光景をじっと見つめていた。誰も、遺跡に潜っていた三人の運命を知らずに。