「よし、準備はいいか？」ラーンが大きな剣を担ぎながら言った。イシェは小さく頷き、背負ったリュックの重さを確認した。テルヘルは鋭い目で二人を見回し、「遺跡の位置は確認済みだ。今回は慎重に進もう。」と低い声を出す。
ビレーから少し離れた丘の上に立つ廃墟。かつて栄華を誇った城塞だが、今は朽ち果てた壁だけが残る。ラーンの足音は軽快だが、イシェは慎重に足を踏み入れる。テルヘルは二人より前に進み、崩れ落ちた石柱の間を縫うように進む。
「ここには何かあるはずだ。」テルヘルが壁のひび割れを指さした。「古い記録によると、この城塞は強力な魔術師が住んでいたという。」
ラーンが興味津々に壁をこすった。「もし宝があればなあ。」彼の目は輝き、イシェはため息をついた。
「宝なんてないよ。それに、そんなことより安全確認だ。」イシェは周囲を見回し、足音のする方向を探る。
テルヘルは無視して壁を調べ始めた。「魔術師が遺した何かがあるはずだ。それを手に入れればヴォルダンへの復讐に近づける…」彼女の瞳に燃える炎は、ただ復讐心だけではない何かを抱えていた。
遺跡の奥深くへ進むにつれて、空気が重く冷たくなってきた。ラーンは背筋がゾッとするような感覚を覚えた。イシェも同様に不気味な雰囲気を感じ、テルヘルの後ろを歩いていることに安心する自分がいることに気づく。
突然、床から水が吹き出した。ラーンがよろめき、イシェは素早く彼を支えた。「何だこれは！？」
「罠だ！」テルヘルが叫んだ。床からはさらに水があふれ、部屋全体を浸水させ始めた。
「逃げろ！」ラーンの叫び声と同時に、壁から黒い影が姿を現した。それは巨大な怪物で、鋭い牙と爪を持ち、赤い目を光らせていた。
イシェはラーンに「走れ！」と叫びながら、背後から襲いかかる影に向かって飛び出した。ラーンは驚愕するが、イシェの言葉に従って立ち上がり、テルヘルと共に逃げ始めた。
怪物が追ってくる音、水の音、自分の心臓の鼓動だけが聞こえる。イシェは振り返らずに走り続ける。彼女は自分が何のために生きているのか、何をしたいのか、その全てを今この瞬間で問われているような気がした。
そして、その時、イシェは自分の中に何かが変わったことに気づいた。まるで、今まで眠っていたものが目覚めたように、強い意志と決意が芽生えたのだ。
「私は…」イシェは言葉を失った。しかし、その心の中では、もう迷いはなかった。