「よし、今日はあの崩れた塔だな」
ラーンが拳を握りしめた。イシェはため息をつきながら地図を広げた。
「またあの塔か。あの遺跡は危険だって聞いたぞ。何か悪臭がすると言っていた人もいた」
「気にすんなって!俺たちには大穴があるんだぞ!それに、テルヘルさんがいい報酬をくれるんだから」
ラーンの言葉にイシェは苦笑した。確かにテルヘルは高額の日当を提示してくれるのだが、その代わりに遺跡の調査や遺物の独占を要求する。まるで傭兵のようだった。
ビレーを出発して数日。3人は崩れた塔へとたどり着いた。朽ち果てた石造りの壁には、まるで何かが這い上がるように、黒っぽい液体が滲んでいた。悪臭は想像以上に強く、イシェの顔色が変わった。
「本当にここに来るべきだったのか…」
イシェは呟きながら塔の中へ足を踏み入れた。ラーンは軽快に階段を駆け上がり、テルヘルは後ろから彼らを警戒するように歩を進めた。
塔の中は薄暗く、埃が舞っていた。壁には奇妙な模様が描かれており、その一部は腐食したように変色していた。
「これは…何か呪文か?」
イシェが呟くと、ラーンの顔色が変わった。彼は剣を抜き、周囲を見回した。
「何かいるぞ…」
その時、床から黒い液体が噴き出してきた。それはまるで生きているかのように蠢き、壁に張り付いた。その臭いは腐敗した肉のようでありながら、同時に甘い匂いも漂う、不快で複雑な香りだった。
「ひっ…!」
イシェは声を上げ、後ずさった。ラーンは剣を構え、黒い液体を斬りつけたが、それは刃をすり抜けた。
「何だこれは…」
テルヘルが眉間に皺を寄せた。彼女は何かを察知したようだった。
「これは…“膿”だ。この塔には“膿”が生息する。それを利用して遺跡を守っているのだ」
イシェは恐怖で体が震えた。「膿」とは、かつてヴォルダンで流行した疫病の象徴であった。人々を蝕み、死に至らしめる恐ろしい存在だった。
ラーンが黒い液体を斬りつけると、その液体の表面に顔のようなものが浮かび上がり、苦しそうにうなり声を上げた。
「くそっ!」
ラーンの剣は液体に触れると溶け始め、彼は慌てて手を引いた。
イシェは必死に考えを巡らせた。この状況を打破するにはどうすればいい?
その時、テルヘルが何かを口にした。
「あの模様…呪文だ。あの呪文を解けば“膿”を封じることができる」