ラーンの粗雑な手つきで開けられた扉の向こう側には、湿った空気が漂っていた。イシェは鼻をつまんで眉間に皺を寄せた。いつもなら慣れたこの臭いにも、どこか不気味さを感じた。
「やっぱりここだな」
ラーンは興奮した様子で奥へと進んでいく。彼の背中には、薄暗い遺跡の壁が映り込んでいた。イシェはテルヘルに視線を向け、小さく頷く。テルヘルの表情はいつものように硬く、彼女の視線は遺跡の奥深くに注がれていた。
石畳の上を進むと、足元には滑らかな苔が生えていた。イシェは慎重に足を踏み出し、石の冷たさが指先に伝わった。肌触りは湿り気と寒さで覆われ、不快なほどだった。
「何かあったか？」
ラーンの声が響き渡り、イシェは振り向いて彼を見つめた。ラーンは少し興奮気味に、岩壁の隙間から覗きこんでいた。
「ここには何かあるはずだ。この遺跡の地図にも記されてなかった…」
イシェはラーンの言葉に耳を傾けながらも、心の奥では不安を感じていた。テルヘルが提示した報酬は魅力的だったが、この遺跡には何か不穏な気配が漂っていたのだ。
その時、ラーンが何かを掴んだ。石の破片が崩れ落ち、イシェの足元に粉塵が舞い上がった。イシェは反射的に顔を背け、埃が衣服に付着するのを防ごうとした。その瞬間、肌触りの異変を感じた。
温かい息が頬を撫でたように、かすかな熱が伝わってきた。イシェは目を丸くして振り返った。そこにはラーンの顔があり、彼の瞳は不気味な赤色に輝いていた。
「イシェ…逃げろ…」
ラーンは苦しそうに言葉を絞り出した。その声は、もはや人間のものではないように聞こえた。
イシェは恐怖で体が硬直した。ラーンの言葉が脳裏に焼き付く。逃げろ…と。だが、足は動かなくなっていた。彼の肌触りは、もう見慣れた友人ではなく、何か別のものに変わっていた。
その時、後ろから冷たい風が吹き抜けた。イシェの背筋をぞっとさせるような感覚だった。そして、視界の端から、黒曜石のような光が差し込んできた。