ラーンの大柄な体躯が崩れ落ちた石柱の影に隠れるように立ち止まる。イシェは眉間に皺を寄せ、地図を広げながら小さく呟いた。「ここまでは合ってるはずだけど…」
「迷った？」ラーンが不機嫌そうに言った。「そんなもん、テルヘルが案内するって言っただろ？責任逃れは良くないぞ」
テルヘルは鋭い視線で二人を見据えた。「迷っているのは君たちだ。私はこの遺跡の構造を理解している。しかし、その奥深くに眠る真実は、君たちの目で見なければ解き明かせない。」
イシェは地図をしまい、テルヘルの言葉の意味を考え込んだ。最近、テルヘルの態度に変化があることに気づいていた。以前は冷酷で目的達成のための手段を選ばなかったが、最近はどこか落ち着きがなく、時折見せる表情には苦悩が宿っているように見える。
「何か隠してるんじゃないのか？」ラーンが不機嫌そうに言った。「あのヴォルダンへの復讐の話も、本当なのかどうかも分からん」
イシェはラーンの言葉に同意する気持ちもあったが、テルヘルを疑うことには躊躇した。彼女を雇ったのは、遺跡の奥深くに眠る「大穴」に関する情報を得るためだった。だが、その情報はあくまで噂に過ぎず、その存在すら証明されていない。
「大穴」とは、かつてこの世界に栄華を誇った文明が遺したという巨大な建造物である。そこには莫大な財宝と知識が眠ると言われ、多くの探検家や冒険者たちがその謎を求めて旅を続けている。ラーンもイシェも、そんな「大穴」を見つけ出す夢を抱いていた。
しかし、最近、イシェは自分の夢を見つめ直していた。ラーンの無謀さに振り回される日々から抜け出し、安定した生活を送りたいという思いが強くなっていた。「大穴」など、空想の世界の話ではないかとさえ思うようになった。
「もういい加減にしろよ」イシェは疲れた声で言った。「この遺跡は何もない。諦めよう」
ラーンはイシェの言葉に驚きを隠せなかった。いつも一緒に夢を追いかけてきたイシェが、こんなことを言うとは…。
その時、テルヘルが突然動き出した。石壁を叩きながら、何かを囁いているように見えた。「ここだ…」と呟いた後、彼女は崩れかけた通路に足を踏み入れた。
ラーンとイシェは互いの顔を見合わせた。テルヘルの行動は謎めいていた。しかし、二人の心には、何かが動き始めたのを感じた。
「行くぞ」ラーンが言った。「あの女について行こう」
イシェは小さく頷いた。彼らの前に広がるのは、未知の世界だった。そして、それは彼らを縮み上がらせ、同時に大きく変えていく運命の始まりであった。