ビレーの酒場で、ラーンが豪快に笑う声はいつもと違っていた。イシェは彼の顔色をじっと見ていた。いつもなら無邪気に酒を煽るラーンの瞳には、かすかに影が宿っていた。「大穴」が見つかったという噂を聞きつけたのだ。
「本当だそうだぞ！あの遺跡で！」
ラーンは興奮気味に話し、テーブルを叩く音と共に酒が跳ねた。イシェはため息をつきながら、冷静に状況を確認した。「どこからの情報？」
「ビレーの市場で噂になってるんだ。ヴォルダンの貴族が手に入れたって…」
ラーンの目は輝いていた。イシェは彼の熱意を理解できた。大穴とは、古代文明が残したと言われる巨大な遺跡であり、そこには莫大な財宝や失われた知識があると伝えられていた。ビレーの人々は、その伝説に希望と絶望を抱いていたのだ。
「でも…」イシェは言葉を濁す。ラーンの興奮を冷ますように、「ヴォルダン」という単語を発した。「あの貴族が手に入れたって？ 簡単に手放すわけないだろう。」
ラーンは一瞬黙り込んだ。確かに、ヴォルダンはエンノル連合と対立する大国だ。その貴族が遺跡から何かを得たということは、エンノル連合にとって大きな脅威になる可能性があった。
イシェの言葉にラーンの興奮は冷めていった。彼の瞳に宿っていた輝きは、まるで砂漠の蜃気楼のように消え去り始めた。イシェはラーンの肩を叩き、言った。「諦めるなよ、ラーン。まだ希望はある。」
しかし、イシェ自身もどこか絶望を感じていた。大穴への夢は、エンノル連合全体の運命と深く結びついているように思えた。そして、その運命は、彼らには到底変えられないもののように感じられたのだ。