「よし、今日はあの崩れた塔だな」
ラーンの豪快な声はビレーの朝の喧騒と溶け込んでいた。イシェはため息をつきながら、地図を広げた。
「また危険な場所かい？ ラーン、あの塔はヴォルダン軍が撤退する際に爆破したって聞いたぞ。まだ罠が残っているかも」
「そんなこと気にすんな！ 大穴が見つかったら、それくらいの危険も吹き飛ぶぜ！」
ラーンの目を輝かせた表情にイシェは苦笑した。彼の熱意にはいつも圧倒された。だが、今回は違う。テルヘルが彼らの依頼人だ。彼女からの報酬は魅力的だったが、その冷酷な眼差しと、ヴォルダンへの復讐を誓う言葉が、イシェの心を重くしていた。
ビレーから塔までは、かつて戦火を交えた土地だった。荒れ果てた農地や焼け焦げた家屋が、紛争の爪痕を物語っていた。ラーンはそんな風景にも目を向けず、軽快に足を進めた。イシェは彼の背後から、静かに足取りを確かめていった。
塔の入り口には崩れた石と錆びついた鉄骨が広がっていた。テルヘルが手招きし、三人は慎重に中へ入った。内部は薄暗く、埃っぽい空気が立ち込めていて、かすかな腐朽臭が漂っていた。ラーンの足音だけが響き渡る静寂の中、イシェは背筋を凍りつかせるような予感を感じた。
「ここからは俺たちが先導する」
テルヘルが言った。彼女の表情は険しく、剣の柄を強く握りしめていた。イシェはラーンに視線を向けると、彼は目を輝かせて頷いていた。まるで冒険心を掻き立てるように。
「よし、行こうぜ！」
ラーンの声は塔の奥深くへと響き渡った。だが、その声はすぐに、不気味な静寂に呑み込まれてしまった。