ビレーの朝はひんやりとしていた。ラーンはイシェを起こすように肩を叩きつけた。「今日はテルヘルが待ってるぞ、早く起きろよ!」
イシェは眠そうに目をこすりながら、「もうそんな時間か…」と呟いた。いつもより少し早起きだった。テルヘルは時間に厳しいのだ。
「あのテルヘルに、なんで俺たちのこと頼るんだろうな」ラーンがぶっきらぼうに言った。「大金持ちなのに、遺跡の探索なんて自分でやったらいいのに」
イシェは深く頷いて答えた。「そうだな。きっと何か理由があるんだろう。でも、僕にはまだわからない」
テルヘルがなぜ彼らを雇うのか、それは謎だった。彼女はいつも不機嫌で、言葉少なかった。しかし、彼女の依頼には常に高額な報酬がつき、遺跡の知識も豊富だった。それだけに、イシェはどこか不安を感じていた。
今日は、ビレーから南に2日ほど行った場所にある、忘れられた寺院跡を探索する予定だった。テルヘルによると、そこには古代文明の技術が眠っているらしい。ラーンは興奮気味に「もしかしたら、大穴が見つかるかもな!」と言ったが、イシェはそんな楽観的な見通しには懐疑的だった。
廃墟となった寺院は、苔むした石造りの壁と崩れかけた塔で構成されていた。内部は薄暗く、不気味な静寂に包まれていた。テルヘルは地図を広げながら、「ここはかつてヴォルダン帝国の支配下に置かれていたらしい」と説明した。「この遺跡には、帝国が隠した秘密がある可能性が高い」
ラーンの目は輝いていた。「秘密か!ワクワクするぞ!」
イシェはテルヘルの言葉を聞いて、胸に冷たいものが走りを感じた。ヴォルダン帝国…。それは彼女にとって忘れられない悪夢の始まりだった。
彼らは寺院内部を探索し始めた。石畳の上には、謎のシンボルが刻まれた石板が散在していた。ラーンは興味津々で石板を触ろうとしたが、イシェは彼を制止した。「待てよ、何か罠があるかもしれない」
テルヘルは冷静に石板を観察し、「これは古代言語だ。僕には解読できない」と呟いた。
そのとき、寺院の奥から不気味な音が聞こえてきた。ラーンが剣を抜くと、イシェも緊張した表情で周囲を見渡した。
「何かいるぞ…」ラーンの声が震えた。
影の中から、何者かが姿を現した。それは、ボロボロのローブをまとった老人だった。老人は弱々しくよろめきながら、何かを呟いていた。
「…純粋な心…救いを求める者…ヴォルダン…許さぬ…」
老人の言葉は断片的で、意味不明だった。しかし、イシェは彼の眼差しに深い悲しみを感じた。そして、どこかで見たことがあるような気がした。
テルヘルは老人に近づくように歩み寄り、「何を知っているのか?」と問いかけた。老人はテルヘルをじっと見つめ、ゆっくりと言った。
「…お前もまた、ヴォルダンの影に苦しむ者なのか…」