ラーンの粗野な笑い声がビレーの朝霧を切り裂いた。イシェは眉間に皺を寄せながら、彼の手から突き出された瓶を見つめた。瓶の中には、黄金色に輝く液体がぎっしり詰まっていた。
「見ろよ、イシェ！いい匂いだろ？ヴォルダンから持ち出したってんだぞ、テルヘルがくれたんだ」
ラーンは興奮気味に瓶を振り回し、その甘い香りが辺りを包み始めた。イシェは鼻をつまんで苦い顔をした。あの糖蜜の匂いは、彼女の記憶に深く刻まれていた。幼い頃、ヴォルダン軍が故郷を襲撃した時、兵士たちは街を焼き払う前に、略奪品として糖蜜を運び出したのだ。その光景は今も鮮明に脳裏に焼きついている。
「そんなもの、受け取ったらダメだろ？ヴォルダンと関係があるなんて、テルヘルは本当に信用できるのか？」
イシェの言葉にラーンは眉をひそめた。「いや、だってテルヘルは俺たちを助けてくれるって言うじゃん。あの遺跡、俺たちだけで入るのは無理だったよな？それに、この糖蜜で酒でも買って、街の人たちに振る舞えば喜ぶだろう」
彼は瓶を手に、ビレーの中心へと歩き始めた。イシェは彼の後を静かに追いかけた。ラーンの行動は短絡的だが、彼の言葉には嘘はない。彼らは貧しい街ビレーで暮らしており、わずかな収入を得るために危険な遺跡探検を繰り返していた。テルヘルが提示した報酬は彼らにとって大きな魅力だった。
しかし、イシェの心には不安が残った。テルヘルの目的は何なのか？なぜヴォルダンに復讐したいのか？そして、この糖蜜は本当に innocuous なものなのか？
イシェは、自分が何者で、何を信じるべきなのか、迷い続けていた。