ビレーの薄暗い酒場には、いつもより活気がなかった。ラーンがいつものように大杯の酒を傾ける姿も、イシェの眉間に深く刻まれた皺も、普段と変わらないはずなのに、今日はどこか重苦しい空気が流れていた。
「何かあったのか?」
ラーンの問いかけに、イシェは小さく頷いた。「噂だ。ヴォルダンが国境を越えて進出してきたって」
ラーンは眉をひそめた。「そんな馬鹿な…そんなことになったら、エンノルは終わりだぞ」
イシェは窓の外を見つめた。「そうなるかもしれない。でも、私たちにはどうすることもできない」
二人の視線は、酒場の窓から差し込む薄暗い光に converged した。その向こうには、険しい山脈がそびえ立っている。山脈の頂上付近で、かすかに雲が渦巻いているのが見えた。「あの山脈を越えてヴォルダン軍が来れば…」ラーンの言葉は途絶えた。
「そうだね」イシェは静かに言った。「あの山脈を越えるには、この街を通るしかない」
二人はしばらく沈黙した。窓の外の景色は、まるで彼らの未来を象徴しているように感じられた。
その時、酒場の扉が開き、テルヘルが入ってきた。彼女はいつもと変わらず、自信に満ちた表情で、テーブルに近づいてきた。「準備はいいか?」
ラーンとイシェは互いに顔を見合わせた。テルヘルが持ちかけてきた遺跡探索の依頼は、危険すぎるかもしれない。しかし、ヴォルダンからの脅威を考えると、他に選択肢はないように思えた。
「よし、行こう」ラーンの声が決意に満ちていた。窓の外の景色は、まるで彼らの人生を変えるような大きな出来事を予感させるように揺らめいていた。