ビレーの市場の喧騒が、ラーンの耳に入ってくるのはいつもより鈍かった。イシェが彼の手首をつかみ、引っ張るように歩み出す。
「おい、待てよ!何だ、急いでいるのか?」
イシェは振り返らずに、細い声を絞り出した。「テルヘルがビレーを出るって言うんだ。今すぐ行く必要がある」
ラーンの足取りは軽くなる。テルヘルが去るとなれば、次の仕事が見つかるまで空白の時間が待ち受けることになるからだ。
「どこに行くんだ?」
イシェは顔をしかめた。「知らない。ただ、急いでいるってだけだった」
街を抜け、広がる平原を走らなければならなかった。足元の土埃が舞い上がり、視界をぼかす。ラーンの胸には不安が広がる。テルヘルはいつも目的を隠さない。なぜ今回は違うのか。
数時間後、彼らは廃墟と化した小さな村に到着した。かつて人々が暮らしていた痕跡は薄れつつあり、朽ち果てた建物だけが風雨に晒されていた。イシェが静かに歩き、ラーンが後ろからついていく。
テルヘルは村の広場の中央で立っていた。彼女は背の高い女性で、鋭い眼光を向ける。
「ここに来たのか」
テルヘルは視線を少し下げ、地面を見据えた。「ヴォルダンとの戦いが始まっている。私はこの村に眠る遺物を手に入れなければならない。それが、復讐を果たすための鍵になる」
ラーンの心には不気味な予感を感じた。空白の時間が、何かを飲み込んでいくような気がした。彼はイシェの手を握りしめ、固く頷いた。
「わかった。手伝う」