ラーンの鼻腔をくすぐる湿った土の匂い。イシェが彼の手首を軽く掴んだ。視界は暗闇と埃に満ちていた。わずかに届くテルヘルのランプの光が、壁面を粗雑に照らし出す度に、幾何学的な模様が浮かび上がってくるように見えた。
「ここだ。」
テルヘルが言ったその瞬間、ラーンの耳に鈍い音が響き渡った。それは石と土の擦れる音だった。しかし、ラーンには、まるで骨が砕けるような音が聞こえてくるようにも思えた。彼はイシェの手を離し、剣を握り締めた。
「何かいる。」
イシェは小さく呟いた。彼女はラーンの視線を追いかけ、前方に目を凝らした。その目は暗闇の中に浮かび上がるわずかな光を感知しているように見えた。
テルヘルは静かに足音を消して前進し、壁に沿って手を滑らせながら進んだ。その動きには、まるで獲物を狙う獣のような冷酷さがあった。ラーンはイシェの後ろに回り込み、背後から彼女を守ろうとした。彼の心臓は激しく鼓動していた。
「静かに。」
テルヘルの声が響き渡った時、ラーンの視界に入ったのは、壁に開けられた小さな穴だった。そこから、かすかな青い光が漏れているのが見えた。
「遺跡の奥深くに続く迷宮だ」
テルヘルは言った。「そこには、我々が探しているものがある。」
ラーンの目は光を放った。彼はイシェと顔を見合わせ、互いに頷き合った。
彼らは、未知なる世界に足を踏み入れる覚悟を決めたのだ。