ラーンが遺跡の入り口に立って深呼吸をする。いつもなら興奮で胸が高鳴るはずなのに、今日はなぜか落ち着かない。イシェの冷たい視線が背中に刺さっているのが原因かもしれない。
「準備はいいか?」
テルヘルの声が冷たかった。「あの遺跡は危険だと言われている。特に今回は、ヴォルダンからの情報も入っている。何かがおかしい」
ラーンの胸が締め付けられた。ヴォルダン。その名前を聞くだけで血が沸騰する。だが、今はイシェの顔を見つめることしかできなかった。イシェはいつも冷静に状況を判断し、ラーンに警告を発してくれる。だが、今回は違う。彼女の瞳には、ラーンの夢を打ち砕くような冷酷な光が宿っていた。
「いいんだ。俺たちなら大丈夫だ」
ラーンの言葉は自信なさげだった。イシェは小さくため息をつき、遺跡へと足を踏み入れた。テルヘルが後ろから続く。ラーンは二人に追いつくように歩き始めたが、足取りは重かった。
遺跡の中は薄暗く、湿った空気が肌を刺すように冷たかった。壁には古びた文字が刻まれていて、イシェがそっと読み解こうとしていた。だが、彼女の視線はいつもよりそれて、ラーンの顔を見ているように感じられた。
「何か見つけたか?」
ラーンの声はかすれていた。「何でもない」イシェの返事は curt だった。
彼らは遺跡の奥深くへと進み、やがて広間に出た。そこには巨大な祭壇が置かれ、その上に金色の箱が輝いていた。ラーンの心は躍った。ついに大穴が見つかるのか?
だが、イシェは祭壇に近づこうとするラーンを制止した。「待て」彼女の顔色は青白く、声も震えていた。「何かが違う…」
その時、床から黒い影が立ち上り始めた。それは巨大な怪物であり、鋭い牙と爪を持ち、赤い目でラーンたちを見下ろしていた。
「逃げろ!」イシェの叫びが響き渡った。
ラーンは驚愕した。イシェの声には恐怖だけでなく、どこか安堵のようなものさえ感じられた。そして、その時ようやく彼は理解した。イシェは彼を犠牲にするつもりだったのだ。この遺跡は罠であり、ラーンの命を狙うヴォルダンの策略だったのかもしれない。
しかし、ラーンは逃げなかった。彼は剣を抜き、怪物に立ち向かった。イシェの顔には驚きと憎しみが入り混じっていたが、ラーンはもう振り返らなかった。彼は自分の夢も、イシェとの友情も、全てを捨てて、この瞬間を生きようと決意したのだ。