ラーンが石を蹴飛ばすと、それは斜面を転がり落ちて、深い谷底へと消えた。イシェは眉間に皺を寄せながら、ラーンの後ろから「また無駄なことを…」と呟いた。
「いや、見てみろよ!あの谷底には何か影があったぞ!」
ラーンは興奮気味に言ったが、イシェの視線は冷ややかだった。「そんなもの、ただの岩じゃないのかい? それに、あの谷は探索したはずだ」
「違うって!今回は違うんだ。俺の直感だ!」
ラーンの言葉にはいつも通りの自信があったが、イシェは彼の直感が過去に何度失敗したかを思い出す。それでも、ラーンが熱意を燃やす姿を見ていると、イシェ自身も何かを期待してしまう自分がいることに気づく。
「よし、じゃあ行ってみよう」
イシェは小さくため息をつきながら言った。 ラーンの目の輝きは、まるで子供の頃の彼を見ていた時と重なるものがあった。
テルヘルは背後から静かに二人を見下ろしていた。彼女の顔には、いつも通りの冷酷な表情が広がっていたが、その瞳の奥底には、何か燃えるようなものを感じ取ることができる。それは、復讐への執念なのか、それとも別の何かなのか…。
三人は谷に向かった。谷底へと続く道は険しく、岩肌をよじ登るように進んでいく必要があった。イシェは足取りが軽く、素早く進むラーンの後ろをついていった。ラーンは、まるで先へ進むことで何かを証明しようとするかのように、力強く岩を掴んで進んだ。
谷底に近づくにつれて、空気が重くなった。湿った土の臭いと、何とも言えない腐敗した匂いが鼻腔を刺激する。イシェは不吉な予感を覚えた。
そしてついに、谷底にたどり着いたその時、ラーンが叫んだ。「あれだ!あの影!」
谷底には、巨大な石造りの扉があった。扉の表面には、奇妙な模様が刻まれており、まるで古代の文字のようだった。イシェは、その模様を見た瞬間、背筋が凍り付くような感覚に襲われた。それは、どこかで見たことがあるような…。
「これは…!」
イシェは言葉を失った。ラーンの興奮をよそに、彼女は扉に刻まれた模様から、遠い過去の記憶を呼び起こされているのを感じた。それは、彼女の故郷、ヴォルダンでの出来事だった。そして、その記憶は、彼女がヴォルダンから奪われたもの、そして復讐を果たすための鍵となるものだと確信させるような力を持っていた。
三人は、扉の前で立ち尽くしていた。それぞれの心に、異なる思いが渦巻いていた。ラーンの冒険心、イシェの不安と予感、テルヘルの執念。そして、三人を繋ぐ運命の糸は、この石造りの扉によってさらに深く絡み合っていくことになった。