ビレーの酒場「みどりの泉」は、いつもより活気がなかった。ラーンの豪快な笑い声も、イシェの冷静な物言いがかすかに聞こえる程度だった。
「こんな日は珍しいな」
テルヘルがそう言うと、ラーンは苦い顔でグラスを傾けた。
「ああ、今日はな。大穴が見つかったって噂だぞ。ビレーの南の方で」
イシェが眉間にしわを寄せた。
「あの遺跡か。危険だって噂も聞いたぞ。何者かが既に中に潜入しているらしい」
「そんなことより、大穴だぞ!俺たちの夢が叶うかもしれない!」
ラーンの目は輝いていたが、テルヘルは冷静に言った。
「夢を追いかける前に現実を見ろ。あの遺跡は危険だ。そして、噂を流した者もいる。誰かが、私たちを誘き寄せているのかもしれない」
ラーンは黙り込んだ。イシェはテルヘルの言葉を重く受け止めていた。
二人は互いに視線を交わし、沈黙を深めた。
「よし、行こう!」
突然、ラーンの声が響いた。彼は立ち上がり、テーブルを叩いた。
「大穴だぞ!俺たちには負けられないんだ!」
イシェはため息をつき、テルヘルは静かに微笑んだ。
三人は酒場を後にし、ビレーの夜へと消えていった。
街の角を曲がった時、イシェはかすかに甘い匂いを嗅ぎつけた。それは、発酵した果実のような香りだった。
「何だあの香り…?」
イシェが呟くと、ラーンとテルヘルも顔を歪めた。
「何か変だな…」
ラーンの言葉が途絶えた時、遠くから鐘の音が響き渡った。
ビレーの夜空に、不吉な影が忍び寄っていた。