ラーンが遺跡の奥深くへ足を踏み入れた時、背筋に冷たいものが走った。いつも通りの湿った空気、土と石の臭いの中に、何か別のものを感じたのだ。イシェは彼の後ろをついてきていたが、顔色も表情も変わらない。テルヘルは先頭を歩いており、振り返ることもなく、目的地の遺跡の中心部へと進んでいく。
「ここじゃ何もないって」ラーンは呟いた。いつもならイシェが冷静に状況を分析するはずだが、今日は何やら様子がおかしい。いつもより口数が少なく、視線も定まらない。テルヘルは相変わらず無表情だ。
「何かあったのか?」ラーンの問いかけに、イシェは小さく頷く。「この遺跡…どこかで見たような気がするんだ」その言葉はまるで苦し紛れの言い訳のようだった。
ラーンはイシェの顔色をじっと見つめた。いつも冷静なイシェがこんな様子なのは何かあるはずだ。だが、何だろう?
テルヘルが突然立ち止まり、振り返った。「ここだ」とだけ告げ、遺跡の中心部にある石棺に歩み寄る。ラーンはイシェの顔を見つめながら、テルヘルの後を追う。石棺の上には複雑な模様が刻まれており、その中心には赤い宝石が埋め込まれていた。
「これは…」ラーンの言葉が途絶える。石棺から発せられる、かすかな光と熱。そして、石棺の周りで渦巻く黒い影。それはまるで、彼らをじっと見つめているかのような気がした。
イシェは震える声で言った。「あの日…あの遺跡で…」ラーンの心には氷が走った。イシェが語るあの日とは、彼が幼い頃に遭遇した事件のことだった。そして、その事件に関わっていたのがテルヘルなのか?
「お前…一体…」ラーンの言葉が詰まった。テルヘルは石棺に手を伸ばす。その瞬間、影が動き出した。ラーンは剣を構えた。イシェは怯えた目でテルヘルを見つめていた。
影が彼らに襲いかかる。ラーンとイシェは力を合わせて戦うが、影は形を変えるように攻撃をかわし、彼らを追い詰めていく。テルヘルは石棺から目を離さずに、何かを唱え始めた。その言葉は古びた言語で、ラーンには理解できなかった。
「逃げろ!」イシェの叫び声がかすかに聞こえた。ラーンの意識が遠のいていく。最後に見たものは、テルヘルの顔に浮かぶ歪んだ笑みだった。