ビレーの酒場にはいつもより活気がなかった。ラーンはイシェとテーブルに向かい合って酒を飲んでいたが、いつものように笑い声や喧騒がないことに気まずさを感じていた。
「今日はなんだか静かだな」
イシェは小さく頷きながら、ラーンの視線に従うように街を見渡した。いつも賑わう市場の入り口も人影がまばらで、遠くから聞こえる鍛冶屋の音が、どこか寂しげに響いているように思えた。
「何かあったのかな?」
「知らん」ラーンは肩をすくめた。「まあ、いいか。俺たちは明日遺跡に行くんだろ?それに比べればどうでもいいことだ」
イシェはラーンの言葉に少しだけ安心した。だが、心の中では不安が拭えなかった。いつも通りのビレーの活気が戻らないのは、何か大きなことが起こった予兆ではないかと、不吉な予感を感じていた。
翌朝、三人は遺跡へ向かうためにビレーを出発した。いつものようにラーンは先頭を走り、イシェは彼の少し後ろを歩きながら周囲を観察していた。テルヘルはいつも通り無口で、馬に乗ったまま後方から彼らを眺めていた。
「今日は何か違うな」イシェは小声で言った。
「何のことだ?」ラーンの顔にはいつもの自信が満ち溢れていたが、イシェの言葉に少しだけ反応したようだった。
「いつもと違う空気が漂っている気がするんだ。何かが起きそうな予感がする」
ラーンの表情が少し曇った。「そんなことないよ。俺たちが遺跡から大穴を掘り当てれば、ビレーはまた賑やかになるさ」彼はそう言って前を向いたが、イシェは彼の背中に不安を感じた。
遺跡に近づくと、いつもとは違う光景が広がっていた。入り口にはヴォルダンの兵士が何人も配置され、厳重な警備体制を取っていた。ラーンは驚いて立ち止まった。
「これはどういうことだ?」
テルヘルは静かに言った。「ヴォルダンが動き出したようだ」
イシェは息を呑んだ。ビレーの不穏な空気が、ヴォルダンの影だったのかもしれない。そして、それが今、彼らに迫っていることに気づいた。