ビレーの酒場に集まる人々のざわめきはいつもより少し熱を帯びていた。ラーンがイシェに耳打ちすると、イシェは眉間にしわが寄った。
「またか?あの大口の商人か?」
ラーンは軽く笑って頷く。「そうらしいな。今回はヴォルダンから持ち込んだらしいぞ、珍しい品々だと噂だ」
イシェはため息をついた。「ヴォルダンとの貿易が盛んになっているのはいいことだけど、何か不穏な気もするんだ…」
ラーンの視線は酒場の奥へと向けられた。テルヘルが座り、黒曜石の杯を傾けていた。彼女の顔色はいつもより蒼白で、目元には深い影があった。
「何かあったのか?」
イシェの言葉にテルヘルはゆっくりと杯を置いた。「ヴォルダンから届いた品々の中には、私が探しているものがあるかもしれない」
彼女の瞳に燃える炎は、まるで熟成された葡萄酒のように深く、重く、そして危険な光を放っていた。
ラーンが目を丸くして「そんな…」と呟くと、イシェはテルヘルの言葉の意味を察し、言葉を失った。三人は静かに酒場を見渡した。騒々しい酒場の空気が、まるで硬い氷のように冷たくなったように感じられた。