「よし、今回はあの崩れた塔だな。噂では奥底に、かつて王が使用したという魔導石が残されているらしい」
ラーンの声は、いつものように弾んでいた。イシェは眉間にシワを寄せながら地図を広げた。
「また、そんな曖昧な情報源か? ラーン、あの塔は崩落から数年経っていない。魔導石など残っているわけがないだろう」
「いや、でもさ、もし本当だったら大金になるって! あの石、市場で莫大な値段が付くらしいんだぞ!」
ラーンの目は輝いていた。イシェはため息をつきながら地図をしまう。
「わかった、わかった。今回はあなたの言う通りにしよう。ただ、安全第一だぞ? 崩落した塔なんて、一歩踏み出すだけで危険がいっぱいだ」
「ああ、わかってるよ、イシェ。心配しないで」
ラーンの言葉とは裏腹に、彼はすでに準備を始めていた。剣を腰につけ、軽快な足取りで塔の入り口へと向かっていった。イシェは彼を見つめ、小さくため息をついた。
「いつも通りだな」
テルヘルは、二人のやりとりを冷ややかに眺めていた。彼女にとって、ラーンとイシェは単なる道具に過ぎなかった。ヴォルダンへの復讐を果たすために必要な駒である。そして、その駒が持つ可能性を最大限に引き出すためには、彼らを危険な場所に連れて行くこともいとわない。
塔の内部は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。崩れた石組みが複雑に絡み合い、進路を阻んでいた。ラーンは剣を構え、慎重に足場を選んで進んでいった。イシェは彼の後ろを少し遅れてついていく。
「何かいるぞ!」
ラーンの声が響き渡った。イシェはすぐに警戒態勢に入った。しかし、そこに現れたのは巨大な蜘蛛だった。漆黒の体、鋭い牙、そして赤い目が不気味に光る。
「やれ、イシェ!」
ラーンが蜘蛛に向かって剣を振り下ろした。イシェもまた、小さな daggersを手に取り、蜘蛛を攻撃した。二人は息の合った動きで、蜘蛛に立ち向かった。しかし、蜘蛛は強靭な体と鋭い牙を持つ強力な敵だった。ラーンの剣は蜘蛛の堅い外殻に跳ね返され、イシェのdaggerは蜘蛛の体に浅い傷を残すのみだった。
戦いは激しさを増していく。蜘蛛は二人が攻撃するたびに、反撃を加え、鋭い牙でラーンを襲った。ラーンは必死に防御するも、蜘蛛の牙が彼の腕に深く食い込んだ。
「ぐっ…」
ラーンは苦痛に顔を歪めた。イシェはラーンの傷口を抑えながら、必死に蜘蛛と戦った。しかし、二人は次第に追い詰められていく。
その時、テルヘルが姿を現した。彼女は冷静に状況を判断し、蜘蛛の弱点を見抜いた。
「イシェ、あそこに!」
テルヘルが指差す方向には、蜘蛛の腹部があった。イシェはテルヘルの指示に従い、daggerを蜘蛛の腹部めがけて投げつけた。daggerは蜘蛛の柔らかい腹部を貫き、蜘蛛は苦しげに痙攣しながら倒れた。
「よし、これで終わりだ」
イシェは息を切らしながら言った。ラーンもよろよろと立ち上がり、蜘蛛の死体を見つめた。彼の顔には、戦いの疲れだけでなく、何か別の感情が浮かんでいた。それは、恐怖ではなく、深く暗い怒りだった。
「あの蜘蛛… あれはただの獣ではない…」
ラーンの声は、低く、重かった。「何かがおかしい」
イシェはラーンの言葉を聞いて、背筋が凍りつくのを感じた。塔の奥深くで、何か邪悪な力が蠢いているような気がした。そして、その力は、彼らを確実に、容赦なく飲み込んでいくかのようだった。
その瞬間、イシェは自分が今まで以上に深い闇の中にいることに気づいた。それは、ラーンの言葉だけでなく、彼の表情、そしてテルヘルの冷酷な目にも表れていた。そして、その闇は、まるで消し炭のように、彼らの心を少しずつ黒く染めていくのだった。