ビレーの朝はいつも早かった。ラーンの寝ぼけ眼が覚める前に、イシェが小石を窓に叩きつけて起こすのだ。今日は特に早く起きなければならなかった。テルヘルとの約束だ。
「大穴」への道筋を、彼女は yesterday の夜遅くにビレーに持ち込んだ地図で示した。荒れ果てた遺跡群の奥深くにあるというその場所。テルヘルは、そこに眠る遺物こそがヴォルダンに復讐を果たす鍵になると確信していた。
イシェは地図を広げると、ラーンの粗雑な指さしを制止した。「地図は大切に扱うんだって、テルヘルは言っていたでしょう？」
「わかってるよ、わかってる。でもイシェ、今日は俺が先導だぞ！」ラーンは豪快に笑った。彼の笑顔にはいつも通り、 Carefree な自信が満ちていた。しかしイシェは彼の背中に、かすかな影を感じた。テルヘルからの依頼を引き受けたときから、ラーンの心の中に何かが変化している気がしたのだ。
遺跡の入り口は、朽ち果てた石造りの門で塞がれていた。かつて栄華を極めた文明の痕跡が、まるで風化していくように、ゆっくりと崩れ落ちていた。イシェは、その光景にどこか切なさを感じた。
「よし、行こう！」ラーンが先頭を切って門をくぐると、イシェは深く息を吸い込んだ。湿った空気の中に、土と石の匂いが充満している。それは、何千年もの間、この地で繰り返されてきた時間の流れを物語るようだった。
遺跡の中は、薄暗い通路が複雑に交差していた。天井からは、雨漏りでできた苔むした水が滴り落ちていた。ラーンの足音は、空洞の中に響き渡り、何かを呼び覚ますかのような不気味な音色になった。
「ここはまるで、世界が終わった後の風景みたいだな」イシェは呟いた。ラーンは振り返らずに、単に頷いただけだった。
彼らは、地図を頼りに遺跡の奥深くに進んでいった。道中は、崩落した石柱や、謎の記号が刻まれた壁など、過去の文明の痕跡が散らばっていた。イシェは、これらの遺物から何かを感じ取ろうとしたが、その意味を解き明かすことはできなかった。
やがて、彼らは広大な地下空間に出た。そこは、天井が高く、柱が立ち並ぶ壮大なホールだった。中央には、巨大な石の祭壇が置かれ、その周りを、無数の石像が取り囲んでいた。
「ここだ」テルヘルが言った。彼女の顔色は蒼白で、目は燃えるような光を放っていた。「大穴はここに眠っている」
ラーンは、祭壇に駆け寄って、興奮気味に石を叩き始めた。イシェは、彼の様子を見て、不安を感じた。彼は、何かを追い求めているようだが、それが何なのか、イシェには理解できなかった。
しかし、その瞬間、地面が激しく震え始めた。天井から砂埃が降り注ぎ、石像たちは崩れ落ちていった。祭壇の周りには、深い亀裂が走り、そこから黒い煙が立ち上っていた。
「これは…！」イシェは驚愕の声を上げた。「遺跡が崩壊する…！」
ラーンは、慌ててイシェの手を取った。「逃げろ！イシェ、逃げよう！」
二人は、崩れ始める祭壇から逃げ出した。しかし、出口にたどり着く前に、巨大な石柱が彼らを押しつぶそうとした。
「ラーン！」イシェは叫びながら、ラーンの手を強く握りしめた。
その時、テルヘルが駆け上がってきた。「行くぞ！」彼女は二つの影を掴んで、崩れ落ちる遺跡から逃げ出した。
彼らは、息も絶え絶えに、ビレーの街へと戻った。後ろには、崩壊する遺跡と、消えゆく黒い煙だけが残り、かつて栄華を極めた文明の痕跡を、ゆっくりと浸食していく。