ラーンが剣を抜き放つ音だけが、埃っぽい遺跡の静寂を破った。巨大な石棺の前に立ち尽くす三人の影。イシェは眉間に皺を寄せ、石棺に刻まれた複雑な紋章を解読しようと試みた。「これ以上は無理だ」イシェは呟き、ラーンの視線を感じながら「危険すぎる。何かがおかしい」と付け加えた。
テルヘルは冷淡に言った。「時間が無い。執政官選出まであとわずかだ。ヴォルダンとの交渉には強力なカードが必要だ」。彼女は石棺の蓋を無理やり開けようと手を伸ばした。ラーンの視線がテルヘルの背中に釘付けになった。いつもならイシェが説得するのだが、今回は様子が違う。「待て」と口を開こうとした瞬間、イシェは小さく息を呑んだ。石棺の隙間から、かすかに紫色の煙が立ち上っていた。
「毒だ…」イシェは言葉を失った。ラーンの瞳に恐怖の色が宿り始めた。テルヘルは不敵な笑みを浮かべて言った。「遅すぎたようだ」。その瞬間、石棺の蓋が開き、そこから黒い霧が噴き出した。ラーンは反射的にイシェを引っ張り、後ずさった。
「何だこれは!」ラーンの叫び声が、遺跡に響き渡った。霧の中に、テルヘルの姿が見えた。「計画通りだ」と彼女は言った。その目は狂気に満ちていた。そして、ラーンの目の前で、霧はゆっくりと形を変え始めた。それは、巨大な蛇の姿だった。