ラーンの大斧が石壁を叩き割った。埃が舞い上がり、一瞬のうちに視界を奪った。イシェは咳払いをして、「また無駄な力の使い方ね」と呟いた。ラーンは鼻で笑い、「いいんだ、いいんだ！あの奥に何かあるって感じがするんだ！」と胸を張った。
テルヘルは背後から冷めた声で、「感触だけでは何も得られないわ。時間だ。貴重な時間を浪費している」と指摘した。ラーンの無計画さにイシェもため息をついたが、テルヘルの言葉には反論できなかった。彼女は常に冷静に状況を分析し、目的達成のためには手段を選ばない。
遺跡探索はいつもこうだった。ラーンの直感、イシェの慎重さ、そしてテルヘルの冷徹な判断がバランスを取ることで、彼らは進んでいた。だが今回は何かが違う。いつもなら、遺跡の奥深くで眠る遺物や罠を解き明かすことに喜びを感じたはずのラーンにも、どこか虚しさが漂っていた。
それは、最近彼が「大穴」について語るようになったからだ。「あの伝説の大穴にたどり着けば、僕たちはなんでも手に入れられるんだ！」と目を輝かせるラーンの姿は、以前とは違った何かを秘めていた。イシェは彼の言葉の裏にあるものを感じ取っていた。それは欲求ではなく、渇望だった。
「大穴」の存在はあくまで噂で、その実態は誰にも解明されていなかった。しかし、ラーンはまるでそれが現実のものだと信じているかのように、執着心を燃やしていた。イシェは彼の変化を心配するあまり、彼に寄り添うことで心の隙間を埋めてあげたいと願った。
テルヘルはそうした彼らの関係性には無関心だった。彼女にとって重要なのは目的達成だけだ。ヴォルダンへの復讐を果たすために必要な情報や物資を遺跡から得る。それが全てだった。ラーンの「大穴」への執着も、イシェの揺らぎも、彼女にとっては単なる邪魔な要素に過ぎなかった。
日が暮れ始めると、彼らは遺跡から引き上げてビレーへと戻った。街の明かりが灯り始め、賑やかな声が聞こえてくる。だが、ラーンの心にはまだ遺跡の闇が残っていた。「大穴」への渇望は、彼をより深く、より暗く引きずり込んでいくように感じられた。イシェはラーンの背中にそっと手を置き、静かに彼の苦しみを分かち合おうとした。
そして、テルヘルは二人の姿を影から見つめていた。彼女の瞳には、復讐への憎しみが燃えていたが、同時に、何か別の感情も芽生え始めていたのかもしれない。それは、ラーンの「欲する」心とイシェの揺らぎに触れ、彼女自身の心に深く染み渡るようなものだった。