「おい、イシェ、ここじゃダメだ。何か引っかかるぞ」ラーンが眉間に皺を寄せた。彼の視線は、崩れかけた石壁に張り付いた蜘蛛の巣に向かっていく。イシェは小さくため息をつきながら、懐中電灯の光を壁に当ててみた。「確かに何かあるみたいだ。でも、これ以上調べようとすると、崩れそうで怖いな」
「怖いの？イシェったら」ラーンが笑いかける。しかしその笑顔には、いつもの軽快さがなかった。イシェの視線を感じ、彼は少しだけ顔色を曇らせた。「あの時のこと、まだ覚えてるか？」
イシェは頷いた。あの日、遺跡調査中に起きた落石事故。ラーンの機転で一命をとりとめたものの、仲間の一人が巻き込まれて亡くなったのだ。以来、ラーンは遺跡探検に熱心だったものの、以前のような無邪気さは失せていた。
「あの時、俺がもっと冷静に対応できていれば…」ラーンの言葉が途切れた。「いいんだよ、ラーン」イシェが彼の肩を軽く叩いた。「誰も悪くない。あの時は本当に危なかったんだ。でも、だからって怖がって探検をやめるわけにはいかないでしょう？」
ラーンの表情が少しずつ明るくなるのを感じた。「ああ、そうだな。俺たちはまだ大穴を見つけなきゃいけないんだ。お前もそう思ってるだろ？」
イシェは小さく頷き、懐中電灯を手に取った。壁に張り付いた蜘蛛の巣を慎重に払い除けながら、彼女は言った。「そうね、大穴を見つけるために。そして…」彼女は言葉を濁すように、ラーンの方を見た。「あの時のように、二度と誰かを失わないために」
その時、石壁の奥から何かが光り始めた。イシェは息を呑んだ。それは、小さくても明らかに人工的な模様だった。ラーンの瞳も瞬く間に輝きを増した。「よし、これは大物だ！イシェ、準備だ！」彼は興奮を抑えきれずに叫んだ。
しかし、イシェは彼の興奮に水を差すように言った。「ちょっと待った。あの光、何か違う気がする…」彼女の視線は、光る模様の奥深くに注がれていた。そこには、何か不気味な影がうごめいているように見えたのだ。
「ラーン、もしかしたら…これは罠かもしれない」