ビレーの夕暮れ時、ラーンはイシェの眉間に刻まれた皺を眺めていた。最近、イシェの顔色が悪かったのだ。いつも冷静沈着な彼女が、遺跡探索中にも不安げな表情を見せるようになった。
「どうしたんだ? イシェ。何かあったのか?」
ラーンの問いかけに、イシェは小さくため息をついた。「……何もないわ」と答えた後、視線をそらすようにして遠くを見つめた。
ラーンはイシェの言葉の裏に何かあると感じながらも、彼女を無理強いすることはしなかった。二人は長年の友人だった。イシェはいつもラーンの無謀な行動を冷静に見極め、時には止めようとする。ラーンはイシェの知性と慎重さを頼りにしている。互いに欠けている部分を補い合う関係だ。
翌日、テルヘルが遺跡の調査結果を報告に訪れた。「今回は大きな収穫がありそうよ。古代文明の遺物、しかも未確認のもの。価値は莫大だわ」とテルヘルは目を輝かせた。ラーンの顔にも自然と笑みが広がる。イシェだけが表情を変えない。
「その遺物について詳しく教えてもらいたいのですが…」
イシェは言葉を濁すように言った。「特に染色体に関する記述があれば、それを優先的に確認したい」
テルヘルは眉をひそめた。「染色体…?」
イシェは少しだけ自身の過去に触れるように言った。「私の家族は、かつてヴォルダンに滅ぼされた。彼らは染色体の研究をしていた。ヴォルダンはそれを恐れたのだと思う…」
イシェの言葉に、ラーンとテルヘルは言葉を失った。イシェが隠していた過去、そしてヴォルダンの陰謀。三人は互いに何かを悟り合ったような気がした。