ビレーの夕暮れは、いつもより少しだけ赤く染まっていた。ラーンは酒場で、イシェの眉間に刻まれた深い皺を眺めていた。
「あの遺跡、本当に大丈夫だったのか?」
イシェはため息をついた。
「ラーンの言う通り、あの石碑には何かが書かれていた。だが…」
「だが?」
イシェは視線をそらした。「あの記号…どこかで見たことがあるような気がしたんだ。ヴォルダンで使われている紋章と似ていて…」
ラーンは背筋をゾッとした。テルヘルがヴォルダンへの復讐を誓っていることは知っていた。遺跡探索の依頼を受け入れたのも、その復讐に協力するためだったのだろう。だが、まさかヴォルダンの影がこの小さな遺跡にも及んでいるとは…。
「イシェ、あの石碑…もしかしたら危険な物かもしれないぞ」
ラーンの言葉は、イシェの耳に深く響いた。彼らはまだ若く、経験も浅い。ヴォルダンという巨大な組織と対峙するなど、到底及ばないだろう。
「でも…」イシェは小さく呟いた。「あの石碑から何かが…漏れてきている気がしたんだ。まるで…」
彼女は言葉を失った。ラーンの視線も、イシェの瞳に集中していた。そこに映し出されているのは、まるで深淵に染まりゆく空の色だった。
「あの石碑は、ヴォルダンを…そして私たちを、どこかに引っ張っていくような気がする」