ビレーの酒場「荒くれ者の憩い」はいつもより活気がなかった。ラーンがいつものように大声を張り上げても、客達の反応は薄く、イシェの眉間に皺が寄るのも早かった。
「今日はなんだか静かだな。何かあったのかな?」
ラーンの言葉に、イシェはため息をついた。「書記がまたビレーを離れるって言ってたよ。あの騒ぎの後から、頻繁にそうするようになった」
ラーンはテーブルに肘をついて、「あの書記は一体何者なんだ?いつもビレーに来ては、何か書いたりして、また消えるんだぜ。まるで影みたいだ」
イシェは小さく頷く。「誰にも彼の目的は分からなかった。ただ、彼が見る書物にはいつも『境の国』って書いてあった。きっと重要な何かを調べているんだろう」。
その瞬間、店の入り口からテルヘルが入ってきた。黒曜石のような瞳が鋭く輝き、薄暗い酒場を照らし出すかのように凛とした立ち姿だった。「二人ともだ。準備はいいか?」
ラーンは興奮したように飛び上がり、「よし!今日こそ大穴を開けられる気がする!」
イシェはテルヘルに尋ねた。「今日の遺跡は?あの書記が書き留めた場所ですか?」
テルヘルは頷き、テーブルに広げた地図を指さす。「書記の記録によると、今日はこの場所に集中するらしい。危険な遺跡だが、その価値は計り知れない」。
ラーンの目は輝き、イシェもわずかに心躍らせた。三人は互いに視線を交わし、静かな決意を固めた。書記が残した謎に挑むために。そして、いつか訪れるであろう運命のために。